第22話 vsアンドロイド

「今日はやり過ぎくらいでいいわ。手加減はいらない」


「言われるまでもねえ」

「本気でやらなくちゃ、死ぬのはおれらの方だしな」


 ユキノの肩から同時、赤と黒が飛び出した。

 下半身の実体がなく、幽体なので、糸を引くように軌道が見えている。

 フォンは下から、ウルは上から。

 両者、それぞれ協力する気なく、己の力で相手をねじ伏せようと攻撃した。


 火柱が立ち上がり、ブラックボックスが青年を包み込む。

 熱された硬い箱の中は蒸し焼きになっているだろう。

 中にいる青年は、これではひとたまりもない。


 常識で考えれば決着はついているはずだ。


 だが、フォンもウルもユキノもマルクも、緊張を解くことはしなかった。


 これで終わり? そんなはずがない。

 だったら、さっきまではなかった、体を地面に縫い付けるような一戸建ての重さを体に背負っているような――この重圧はなんなのだ?


 汗が滴る。

 それが地面に跳ねた瞬間、ブラックボックスがガラスのように砕け、火柱は四方に散っていった。そしてゆっくりと、痩身の青年が歩いてくる。

 体に傷はない。汚れもない。攻撃前と変わらない姿で、再び目の前に立ち塞がる。


「だろうな」


 呟いたのはブラックウルフのウルだ。

 彼はあの攻撃が通用しないことを事前に知っていた。

 分かっていながらも攻撃をしたのは、通用しないながらも相手の実力を測るため。


 ダメージがなくとも束縛はできる。

 その時間を計っていたのだ。

 ……導き出した結果は、自信家のウルでも、相手は強いと認めたほどだった。


「今のままじゃ勝てねえな」


「珍しいな、お前の弱気な発言は」


「敵の力量くらい見ろ。たとえ精霊だろうが、あのアンドロイドは簡単には討ち取れねえ。

 今のおれらの『状態』じゃな――」


「つまり……」

「悪いけど、あんたたちを覚醒させる力は、今の私にはないわよ」


 前に出たフォンとウルの後ろから、ユキノがそう声をかける。


 精霊二匹、同時召喚。

 彼女の中にある陰陽師としての力を、相当の量、使っているのだ。

 精霊一匹でも、消費する力はかなりの量である。

 しかも、レッドフォックスとブラックウルフ――ユキノの力の残量はあと僅かだ。


「じゃあ詰みだな。わざわざ負けるために勝負をすることもねえよ。諦めろ、ご主人」


 ウルが勝負を投げ、ユキノの元へ戻っていく。引き止めたのはフォンだ。


「逃げんのか?」


「バカかてめえ。死にてえなら勝手にしろ。おれを巻き込むんじゃねえ。

 覚醒もしてねえ状態じゃあ、あっさりと殺されるだけだ。万が一にも、奇跡になんて起きやしねえよ。……ご主人も、なににこだわってんのか知らねえが、わざわざ自殺のために戦うほど、おれは戦闘狂ってわけじゃねえんだ。悪いが、おれはここで降りるぜ。

 続けんなら勝手にしろ、ただし、おれを巻き込むな。まあ、ご主人が死んでくれたら、おれはこの束縛に縛られることもねえし、好都合ではあるんだがなあ!!」


「ウル……ッ、てめえ!」


「フォン! ……いいから」


 ユキノに止められ、フォンが口を閉じる。

 引いていくウルを二人で見送った。


 煙のように消えたウルは、ユキノの元へ。

 彼の戦力はもう期待できない。


 それに、一度でも引っ込んでしまえば、もうユキノ側から精霊を召喚することはできない。

 今はそれをするだけの力がないのだ。


 同様に、ブラックウルフではない他の精霊だって、召喚することはできない。

 レッドフォックスのフォンだけで、今は戦うしかないのだ。



「――どうする?」


 フォンではなく、痩身の青年が声をかけた。


 彼はユキノの出方を窺っている。ここで引くのならば、無益な殺生はしないつもりらしい。

 マルクも、フォンも、ここは引いた方がいい、引くべきだと思っているが、しかしユキノの目は、未だに好戦的だった。


 あれだけの実力差を見せつけられて、彼女はまだ勝つつもりでいるらしい。


 一体なにが、彼女をそこまで焚きつける?


「……フォン、私が纏うわ」


「……お前、なにを焦ってやがる……?」


 フォンの問いに、ユキノは答えない。

 ただ、フォンのことを見つめ、待っている。


「ちっ、わがままなのは昔から変わらねえな。

 もしもここにウリアがいてやめてと叫べば、お前は止まったんだろうけどよ」


「関係ないわ。たとえウリアでも、引けない理由があるもの」


「泣きつかれたらお前はあっさりと落とされると思うが、まあ……」


 今はいいか、とフォンは口を閉じる。


 気体のように体を広げ、ユキノを包む。


 彼女はフォンを左手に絡みつかせる。握力が弱いユキノのため、フォンは自身をユキノの手に固定し、握りを補助する。

 そして、フォンの姿は、透明な赤色の日本刀に変化する。


 刀身の周りは、僅かに、小さな炎が存在していた。

 この日本刀の性質は、焼き切る、が基本形である。家の都合で剣術もある程度は学んでおり、加えて、マルクと共に騎士としての剣術も学んでいる。

 内容は似たようなものだが、単純に練習時間が倍なので、マルクよりも剣術は長いこと練習しているのだが――それでも実力はマルクの方が上だった。


 才能があっても、ユキノは達人止まりで。


 あっさりとユキノを追い抜くマルクは、やはり天才だった。


 どれだけ練習をしても、彼には追いつけなかった。

 肩を並べられなかった。剣術だけでなく、あらゆることでユキノはマルクに相応しくない。

 ――己自身で、そう思ってしまうほどに。


 だから焦っている。

 こうして、力量が分かっても、引くことはしなかった。


 練習が足りない? 実戦の経験が足りない?


 ショートカットなんてできないが――、

 だけれど、少しでも早く追いつくにはどうしたらいい? 


 考えたユキノが出した答えは、自分に合った方法から、レベルを数段階、上げることだ。


 つまり。


 あっさりと簡単に命を落とす今の状況でも、逃げずに立ち向かう――、


 これが現状、最速で挑める、彼女の成長方法だ。



 ユキノは力強く踏み込み、振りかぶった腕を振る。

 赤い日本刀が軌跡を残しながら、青年の胸を、斜め一線に、焼き切る。


 手応えを感じる。

 ミスもなく、相手の術中にはまった様子もなく、逆転の一撃を綺麗に喰らわせることができた……、青年の胸、斜めに走った線が、燃え上がる。

 たった一つの火花という火種が、風をきっかけにして、その規模を激しく広げる――。



「……え?」


 燃え上がりそうだった胸の傷は、青年自身の手の平によって潰された。

 綺麗な一枚の紙を、くしゃっとしわを作るように。

 青年は自分の胸の傷も、くしゃっと形を変えさせた。


 片手で傷を変形させ、火種を手の平で消滅させた。


 手を離した彼の胸に、傷はない。

 やっとつけることができた一撃は、あっさりと彼の一手間で無にされる……。


 同じ傷を作るのは難しい。


 同じ傷どころではない。

 これから先、たった一つの些細な傷さえも、難易度がぐんっと跳ね上がる。


「――ユキノ、下がれっ! 一線、くるぞっっ!」


 フォンの咄嗟の叫びで、ユキノの反応がなんとか間に合った。

 鼻先を、ちっ、と掠めたような気がする……、

 薄皮一枚の皮膚が、風に乗って目の前を横切ったような光景。


 引いたユキノが鼻を擦る。……特になんともない。

 今のはただのイメージで、自身の勘違いだったのか――、

 と、良い方向に解釈するのは、なかなか難しい。


 薄皮一枚。


 手で触れたくらいで、当たっていたか避けていたか、分かるはずもない。


「……武器なんて、持っていないのに……、なんてリーチ……!」


 痩身の青年の長い腕が、彼の武器である。

 手刀でも、ユキノが持つ『フォンが変形した日本刀』とリーチはあまり変わらない。

 彼の手刀の方が、長いかもしれない。


 日本刀と違い、手刀は咄嗟の判断からの応用性が高い。振り下ろすだけではなく、そこから別の攻撃へ転じることができる。

 相手に余裕を与えないように、詰めて詰めて、怒涛の攻撃で決着をつけなければいけなかった――だがもう、その機会はもうない。


 ユキノのこれからの戦略は、普段の剣士同士の勝負と同じ。

 隙を作り、そこを突くしかない。


 アンドロイドを相手に、厳し過ぎる戦いだ。


(でも、これくらいの逆境じゃないと、私は変われない!)


(命を懸けなければ、殻なんて破れるはずがないのよッ!)


 ユキノは日本刀になったフォンを両手で握り締める。

 一撃のパワーを上げる戦法に出た。

 隙を作り、そこを突くのではなく、ガード覚悟で、その盾を打ち破りにいく!


 小細工など通用しないのならば、最初から全力で、パワー勝負だ。



(幸いにも、彼は自分から攻めてきていない……!)


(こちらの攻撃を一旦、受け止めるタイプっ!!)

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