第20話 ウリアとユキノ

 刺されたウリアを抱えながら。

 真後ろには、迫ってくるアンドロイドの青年の姿。


 周囲にはカオスグループがおこぼれを狙っている。

 絶体絶命の文字が、分かりやすくブルゥの視界に光景として映っている――。



 ウリアをぎゅっと抱きしめ、恐怖と後悔と怒りが混ざった瞳が、青年を捉える。

 ブルゥには今、なんの力もない。どれだけ願おうとも、無理なものは無理だという現実が叩き付けられる。都合良く覚醒などしない。期待は、なにも生み出しはしなかった。



 ウリアと共に、青年がブルゥをその手で突き刺そうとした瞬間だった。


 ブルゥは突き出される手刀に目を瞑り、せめてウリアだけは――、と体勢をずらす。


 しかし、ブルゥの対策は空振りに終わる。


 世界を一ミリも動かしていなかった。



 迫る手刀は、瓦礫を破壊する音によってぴたりと止まる。

 ブルゥの鼻先、一センチ。

 その位置で、指先が止まっている。


 胸に沈んでいるウリアの口が動き、ぼそりと呟いた。


 明らかに早い返答だが、ウリアには、既に伝わっていたのだろう。


「……うるさいのよ、バカ」


「そんなにぼろぼろになって、少し鈍ったんじゃないかしら、ウーリアー?」


「ウリア、君の弓矢は回収しておいたよ。

 だから、寝坊なんかしていないで、さっさと起きろ」


 ユキノとマルクが合流する。

 アンドロイドの青年は、表情一つ変えずに、彼らの実力を見定めた。


 ……取るに足らない、と答えを出した。


 ―― ――


「……全然、塞がらねえ……」


 1F、日用品フロア。

 首を回し、骨を鳴らしながら、ギンが呟く。


 水が浸入してくる穴に板を押し付け、釘を打つ。長いこと、この作業を続けているが、足元の水は一向に止まらない。くるぶしだった高さが既に膝まで到達している。


 ヒーロに頼まれた穴の一か所も、まだ埋めることができていなかった。

 一つの穴に時間がかかり過ぎているわけではなく、穴を塞いだ箇所を言えば三か所だ。


 しかし、塞いでいる間に他の場所に穴が開き、そっちを塞いでいる間に塞いだ場所の板が耐えられなくなり、再び水漏れを起こす……、無限に浸水が終わらず、続いていく。


 塞いでも塞いでも増えていく。

 今のままのやり方では、絶対に終わることができないだろう。


「……どうすっかなー。このまま放っておくのは、やっぱり駄目だろうし」


 ギンが思っているよりも、ここを放っておいたところで結果はあまり変わらないだろう。

 穴が開き、浸水しているのは、このフロアだけではないのだ。ここを塞いだところで、別のところの穴が全開ならば、水は溜まっていく。遅いか早いかの違いでしかない。


 その違いも、無視できるほどに小さなものでもないのだが。


 滝のように流れ込んでくる水の音を聞きながら、腕を組んでギンは考える。


 ふと、疑問に思った。

 思わず口に出してしまう。


「あれ? 俺がここの連中にやり方に合わせる必要はねえんだよな?」


 板を使い、穴を塞いで釘を打つ――それは、このアクア99の船員がやり出したことであり、ギンが考えて実行したわけではない。

 間違いだとは思わないが、このやり方ではもう追いつかないところまで到達している。


 専門分野の人たちが勧めてきたやり方だから――、当然、それが正解なのだと思っていたが、別にそれに合わせる必要もない。

 島暮らしのギンのやり方だって、決して間違いではないのだから。


「こんな風にちまちまやってたって、塞がるもんも塞がらねえよな。

 っし、じゃあ、いっちょでっけえのを埋め込んじまうか!」


 ギンはアクア本体の――外側へ向かう壁ではなく、中心地点へ向かっている壁へ、指を突き立てた。握力だけで壁を掴む。指が壁にめり込んだ。


 掴み、引っこ抜くと、ギンよりも大きな丸い石の壁が出てきた。巨大な球体の形だ。


 隣の店舗へ繋がる壁は薄くはなかったらしく、ある程度、太い球体が取り出せたので運が良い……、そんな石の球体を片手で持ち上げ、それを問題の穴へ思い切り投げた。


 その球体は壁を破壊する。

 穴を少しだけ広げ、球体の半分ほどが壁にめり込んだ。


 そのおかげで、水の侵入がぴたりと止まった。

 少しの隙間はあるが、滝のような水の流れはなくなっていた。

 見たまま、球体で穴を埋め、栓をしたのだ。


「うん、これが一番、効率が良いな」


 一歩でも間違えれば、さらなる破壊の結果になりそうだが、ギンは気にしない。破壊したところで変わらないだろうという余裕があるのか、絶対に成功させるという自信があるのか――。


 恐らくは両方だろう。

 釘を打つ作業のように、淡々と石の球体をくり抜き、穴へ投げて栓をする。

 辺りを見て確認できる穴は、全て塞ぐことができた。


 それでも、水の増量の速度は変わらないので、

 穴はまだまだ、別のところに大量にあるのだろう。


 ヒーロに言われた通り、4Fの船長室にいこうかと思ったが、穴が開いているのを分かっていながら無視をして、待ち合わせ場所にいくというのも気持ち的になんだか気持ち悪い。

 ヒーロがそれを知ったら、なんだかガッカリされそうだった。


 ウリアにも、ブルゥにも、怒られそうな気がしたので穴の場所を特定することにする。


「……ん?」


 目で見ると見落としがあるので、耳を澄ます。

 水の音が一段激しいところを探していると、水の音に紛れて、甲高い悲鳴が聞こえた。


「…………聞き覚えが……」


 音の方向へ視線を向け、ギンが飛び出した。


 目的地へはすぐに辿り着く。

 雑用ばかりだった島暮らしの少年が、遂に動き出す。


 ―― ――


「ルル、治療をお願い」


 ユキノが召喚した精霊『レッド・フォックス』と拮抗する『ブルー・キャット』――ユキノはルルと呼んでいる。


 レッドフォックスとは違い、両足に実体があり、独立して動いている彼女(……精霊にも性別があり、ブルーキャットは女の子だ)は、ウリアの肩へとんっと跳んで着地した。


「あら、針の返しがついて、抜けないようになっているのね」


 真上から、背中に刺さっている矢を見る。足を伸ばして、触れてみる。


「ね、ねえ、あんまりとんとん押さないでほしいんだけど……」


「ワタシの吐息を傷口にかけるわ。痛み止めの効果があるけど、痛みを感じなくなるだけでダメージは体に蓄積されてるから……ゾッとしたらすぐに言いなさい」


 大丈夫なの!? と不安そうに聞くブルゥを、ブルーキャット……、ルルは「安心しなさい」と彼女をなだめた。ウリアへ話しかける時とは違い、優しく語りかけるような口調だった。


 ユキノと同じで、ウリアとはかなり深くまで踏み込んでいる友情である。


 肩から降りたルルは、背中に足をかけて、傷口に吐息をかける。


 次に、


「矢を抜くわ。息を少しの間、止めてなさい」

「え? 意味あるの……?」


「呼吸が抜く時に邪魔になるの」


 専門家にそう言われれば、無視するわけにもいかない。

 ウリアは息を止めて目を瞑る。

 痛みはないが感覚はあるので、突き刺さった矢が抜けた、というのは分かった。


 矢が抜けた後の広がった傷に、前足をつける。青い光が傷口を包み、癒していく。

 重かった肩がやがて軽くなってくる。起き上がる時の鈍い感覚が、一気に減った。


 ただし、傷口が塞がったばかりなので、激しい運動をすれば傷口が再び開くこともある。

 安静にしていなさい、とルルが忠告した。


 正直、そんなことを言っている場合ではなく、戦うにしても逃げるにしても、激しい運動はしてしまうのだが……、体を支えるブルゥがそれを許してくれなかった。


 ウリアの体を支えて、立ち上がらせてくれる。脇の下に頭を通して、歩行の補助をしてくれるらしい。速度は遅いが、ウリアに負担をかけない方法だ。


「ありがと、ブルゥ」

「ううん。……ごめんなさい、わたしのせいで、ママが……」


「そんなの気にしなくていいのに。

 あの状況じゃあ、誰だって私と同じようなことになるって」


 明るく言ったが、ブルゥは気にした様子で、不安そうな表情を浮かべている。

 こういう時、ギンだったら……、

 無神経だけど頼れる言葉で安心させてくれるのに。


(って、どこでなにをしているのよ、あのバカ……っ!)


 自分はまだしも、ブルゥのことさえも見つけられないなんて。カオスグループにやられるはずはないから、どこかで未だに遊んでいるのだろう、とウリアは考える。


 厄介事に巻き込まれたり、常識はずれの性格のせいで窮地に陥っているとはつゆほどにも考えていないらしい。自分勝手に好きなことをしていると決めつけていた。


 身勝手で、わがままで、集団行動をしないで。


 まるでカオスグループだ。


 しかし、集団行動をする気がなくとも、仲間を想う心はある……、

 そこが、カオスグループとの違いである。

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