第10話 人の上に立つ

「なんにも知らないことに呆れたけど、そっか……、島で暮らして育ってきたのなら、その常識はずれも納得かもね」


「……ウリアもそうだけど、島暮らしで常識を知らないからって、人を異常者呼ばわりするのはやめてくれねえかな。こっちは知らないだけなんだよ」


 板を、開いた壁の穴へ押し付け、隅を釘で打つ。

 これだけでは心許ないので、いくつかの板を重ねて補強する。


 釘を打つギンと、船長ヒーロは、雑談をしながら作業をしていた。


 話題になったのは互いのことだ。

 今はギンの素性を明かしたところだった。


 地上はゴッドタウン……、海中はアクア……、空中はスカイ……、それ以外からきた者は貴重であり、ヒーロもあまり会ったことがないので密かにテンションが上がっている。


 滅多に聞けない話を聞けることに興味津々だったが、蓋を開けてみればただのサバイバル生活がギンの口から語られた。ギンの語りなので淡々としているし、内容も時系列が飛んだかのように、あっという間だった。


 ギンからすれば、見たままを言っているだけなのだが。


「こっちのことは話したぞ、次は俺が質問する番だ」


「……もうちょっと聞きたかったのに。まあ、いいよ。なにが知りたいの?」


「とりあえず、島の外のことを知りたいんだ。今いるこの潜水艦のこととか、ウリアと一緒に向かっている、ゴッドタウンのこととか――、ウリアに聞いてもいいんだけど、いまは暇だし」


 互いの素性を話したとは言っても、今の立場だったり名前だったりで、ヒーロがギンに聞いた生い立ちや昔話のこと……ギンからすれば、ヒーロの生い立ちのことは知らない。

 なので聞きたいこととはそれなのかと思っていたが、どうやら違うらしい。


 まったく興味なしかよ、と思ったが、興味を持ってもらえないことに不満があるほどの仲ではないので、文句は言わない。だけど、胸にちくちくと刺さる感じがする……鬱陶しい。


「まあ、簡単に説明するけど……、バケモノセカイ。地球の半球以上を覆う、人間が暮らしていない場所の全てを指す……、だからほとんどがバケモノセカイになるね」


 ギンが住んでいた竜巻に囲まれたあの島……、王国キングダム

 あの島もバケモノセカイの中に含まれる。


「バケモノセカイに囲まれる、人間が唯一、住める島が、ゴッドタウンと呼ばれているの」

「へえ、その島はバケモノに襲われないんだな」


「襲われてると思うけど……、でもまあ、一番安全でしょうね。だってそこは、ハンターを生み、育成する機関があるし、指折りのハンターの宝庫だし。

 えーと、なんだっけ? ハンターにも階級があったりするらしくて。依頼でこのアクアを護衛してくれているハンターの二人は、階級レベルレッドって言ってたわ」


「じゃあ、ウリアもそれなのか。エリート、とも言ってたしな……」


「エリートもハンターの呼び方の一種らしいけど、あたしはあんまり詳しくないから、分かんないな。昔から親父とつるんで、船ばかりいじってたし。

 まあ、そのおかげで船には詳しくなったけどね!」


「釘」

「あ、はい」


 ギンが板の隅から隅の間の直線に、均等に釘を打つ。

 ヒーロは話に夢中で、ギンへ渡す釘のことを完全に忘れていた。


「ハンター育成機関、ね。人間が住める唯一の島……え? 他に一つもないのか?」

「ないよ。だからこそ、このアクアがあるんだし」


「潜水艦だろ? 移動居住区、とは聞いているけど、まさか本当に、何年もここで住む気で家としてるのか?」


「当たり前でしょ。ゴッドタウンは確かに心強いハンターがたくさんいるけど、毛穴ほどの小さな隙間を抜けられたら、それだけで町の中にバケモノが侵入することになる。

 そうなったら一般人が無事でいられるわけがない。それが嫌な人は、常に移動している、家自体が兵器となっている潜水艦アクアを選ぶのよ」


「襲われる可能性はどっちも一緒だと思うけどなあ……、身動きが取りづらい分、ここの方が厳しいと思うし。まあ、そこは好みなのか」


「どっちも嫌だけど、どっちかを取るのならばこっちかなって決め方だと思う」


 完全に安全な場所があれば、もちろんそこがいいが、そんな場所などないことを知っている。

 これから先、生まれることもないだろう……、だったら剥き出しのゴッドタウンか、密閉空間のアクアだったら……、と言った二択から、アクアを選ぶ人は多い。


 だからこそ、アクアの数は99もある。


 しかし、78機は、既にバケモノによって行方不明にされてしまっているのだが。


「順番通りに作られ、失敗も成功も考えた最終機であるアクア99が、今まさに乗っているこの潜水艦になる。だから一番、安全だと自信があるぞ! 

 なんて言ったって、あたしの親父が船長を務めていたんだからな!」


「親父のこと好きだな、お前」


「そ、そういう意味じゃなくて! 技術者として尊敬しているだけ!」

「ああ、そういう意味で言ったんだけど……」


 きょとんとするギンの顔を見て、自分が勝手に勘違いをしただけだと気づいた。ヒーロは顔を少し赤くし、こほんと咳払い。誤魔化したつもりだろうが、ギンは別にヒーロに不審な目など向けていないので、いらない手間だった。


「……そういうこと、だから、さ。このアクアが今までバケモノに壊されずに平和だったのも、親父がいたからなんだよね。

 ……でも、今はもういない。引退して、今はベッドの中でぐっすり眠ってる」


「死んだのか?」


「ゴッドタウンの家で安静にしてる。死んではいないけど、そろそろなんじゃないかって、親父自身も言ってるんだよね――」


 無神経なギンの言葉にも、きちんと返すヒーロ。

 ギンを咎める余裕など、父親のことを想うとなくなってしまう。


「親父がいて安全だったアクア99が、今はあたしの手の中にある。……無理だよ、あたしが船長なんて、できるわけがない。どれだけの人が死ぬ? どれだけの人が不安になって、どれだけの人が泣く? ……親父だったら、全員を笑顔にしてたのに。

 事件が起こっても、被害者の心の傷も癒してあげることができるのに。——あたしじゃ! なにもできないし! 背負うことさえも、逃げてしまっているんだから!」


 がしゃん! と、小さな箱に入った大量の釘を落としてしまう。

 固まったヒーロは、釘を拾うこともせず、呆然と地面を見つめる。


 また。


 またやってしまった。


 自分の弱い部分を情けなく、知り合ったばかりの友達に、理不尽にぶつけてしまった。

 絶対に嫌われた……、男勝りのイメージを持たれることが多いヒーロだが、中身は気弱く、印象よりもだいぶ、女らしい。


 女よりも、乙女らしい。


 ギンからの返事を聞きたくない、と、この部屋から逃げ出そうとしたら、


「じゃあ、やめればいいじゃん。ダメなのか?」


 そんな、当たり前だけど絶対にやらないだろうことを、彼は言ったのだ。


「人は自由でいるべきだろ、なんでそんな、見えない拘束具で身動きが取れなくなってるんだ? 別に、お前から船長がやりたいからやらしてくれって、言ったわけでもないんだし。

 やっぱり無理だからやめるって言えば、それで解決だろ」


「そう、だけど……っ。

 でも、親父が任せてくれたから、やめるわけにはいかないと思うし……」


「じゃあやればいい。簡単なことだ。悩むことねえよ」


「船長は、やりたい! 

 でもっ、あたしじゃ役不足で、みんなの命を背負うことなんて、できないから……!」


「背負う必要なんかねえよ。人は一人一人、自分で自分の身を守るもんだ。お前がミスをして、誰かが死んだって、それはそいつが用心をしなかったのが悪い。お前が気にすることじゃない。いちいち気にしていたら、数分に一回は懺悔をしなくちゃいけなくなるぞ?」


 薄情だろうか。

 でも、バケモノたちが生きる世界に住んでいたギンだからこその視点から言える言葉だ。


 それは大きくはずれている答えでもない。


 社会という枠組みを取り外せば、人は一人で生き、自分だけを守ればいい。


「……それはできない。船長として人の上に立つ以上は、責任は負わなくちゃいけない。

 ――あたしは、負うべきだと思う!」


 ヒーロは真っ直ぐ、ギンを見る。

 彼は手を差し出していた。


「釘」

「あ、ごめん」


 慌てて、散らばった釘を取り、ギンの手の平の上に乗せた。

 彼は釘を持ったヒーロの手を片手で包み、


「え?」


「背負うも捨てるも好きにしろ。ま、あんまり気負うなよ。お前がみんなを助けているんだから、みんなも、お前を助ける義務があるんだ。無理なら頼ればいい。

 孤高の存在で、みんなの輪の中心にいるやつよりも、輪の中に混じって手を繋ぎ合えるやつの方が、船長としては触れ合いやすいだろ」


 握られた手は一瞬だった。


 それだけで、ヒーロはなんだか安心した。


 とくん、と、鼓動が早くなったと感じた。

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