第9話 探しもの51番
3F雑貨フロアのD棟、一人の青年が辺りの店舗前に出されている商品を見ながら歩いていた。彼の服装は遠くからでも目を引いた。服装だけではなく、彼自身の容姿もまた、注目を集めるようなものだった。
肌に張り付く真っ白なウェットスーツのような服装。鍛えられた細い肉体が服の上からでも見て分かる。長めのまつ毛と肩まで伸びた黒髪。女性のような顔立ちをしているが、男である。
そんな彼は一つの店舗に目が止まる。
商品を手に取り、逆さまにしてみた。中に溜まった砂が真下に落ちていく。しかし真ん中がぎゅっと凝縮されたように細いため、集まった砂はなかなか落ちていかない。
長い時間、見つめていると――店長だろう、中年の頑固親父と言った風貌の男が声をかけた。
「それは五分間の砂時計だ。気に入ったか?」
「砂、時計……」
「知らないか? まあ、昔の商品だからなあ」
砂時計だけではない。
彼の目に映る商品はどんな用途なのかまったく分からないものばかりだった。
不気味な手の平サイズの銅像だったり、攻撃力などほぼ無に等しい木でできた刀、ではなく、棒だったり。本物か偽物か分からない植物などが置いてある。
中でも青年は、持っている砂時計に興味が向いた。
逆さまになった砂時計をじっと見つめる。
「気に入ったのならそれに決めればいいじゃねえか」
「……そうだな、これにするもの悪くはないか」
「へい、まいどあり」
頑固親父はそう言って会計を待つが、青年は砂時計を持って店から遠ざかってしまう。
「おい! おいおい待ちな! きちんと金を払わなくちゃダメだろうが!」
「……金?」
「あんた、服装から普通じゃねえと思っていたが、人間社会のルールさえも怪しいのか……、店に入って物を貰う時は、金と交換なんだ。でないとその砂時計はやれんよ」
「……そうか、金は持っていないから、仕方ないか。
貰うことはできないが、見ているのはいいのだろう?」
「……まあ、盗まれるよりはマシだがな」
頑固親父は視線を彼から離さないまま、レジへ戻っていく。青年は下まで落ちた砂時計をまた逆さまにして、じっと見つめている。どこに興味を持ったのか不思議だが、骨董品に興味を持つ者も、世界を探せばいくらでもいるだろう。
そうそう会えるものではないが。
「……なあ、あんた、何者なんだ?
なんで原始人みてえな感性のあんたが、こんなショッピングモールにいるんだ?」
「少し、探しものをだな」
頑固親父は、ふうん、と相槌を打つ。探しものがこういう骨董品なのだとしたら、なかなか見つけるのは難しいだろうな、と他人事のように思う。
「……それ、見ていて楽しいのか?」
「ああ、なんだか、落ち着くんだ」
少し、気持ちが分かると思った頑固親父は、広げていた新聞に目を通していた作業をやめて畳む。そして、足元をがさごそと漁り始めた。
目的の物を見つけた頑固親父が青年を呼ぶ。
「ほら」
いきなり投げられた物体を攻撃かと思った青年が身構えるが、確認してみると飛んできたのは砂時計だった。商品として置かれている物よりも古く汚いが、なぜだが不思議と惹きつけられる魅力が詰まっている。
「これは……?」
「あんたが見ているものと同じ五分の砂時計だ。欲しけりゃやるよ。もちろん、俺の私物で、いらないと思っていたものだからな、金はいらねえよ。砂時計が欲しけりゃそれでがまんしろ」
「…………なら、貰っておく」
砂時計を受け取った青年はそのまま店を去ろうとしたが、一歩、二歩目のところで、ぴたりと止まった。無感情のように見えて、瞳は嬉しさを主張する――そんな彼は不愛想に、
「ありがとう」
そう言って再び歩き始めた。
「……あんなやつもいるもんなんだな」
「あんた、あの砂時計、あげちゃって良かったのかい?」
すると店の中、くつろぐためのちょっとしたスペースから、頑固親父の妻である世間話が好きそうな女性が顔を出した。どうやら一部始終を見ていたらしい。
「あれ、子供の頃に、羽が生えた憧れのお兄さんに貰ったものなんじゃなかった?」
「……いいんだよ。あれも、夢だったかもしれんしな」
「へえ、いくら断捨離をしてもあれだけは捨てなかったあんたがねえ。
あの子に、なにか自分に重なるものでも見つけたのかしら?」
「こんな老人がずっと持っていたって仕方ねえだろ。こういうもんはぴんときたやつに受け継がせんだよ。あの砂時計が何十年、何百年後の若者の手に渡って、ロマンが伝われば充分さ」
「……男だねえ」
呆れたような、けれども嬉しそうな女性と頑固親父の幸せそうな笑い声が、店の中で小さく響く。
―― ――
「――お兄さん、良い体してるね! 座って座ってっ、描いてあげるから!」
ベレー帽子を被った二十歳くらいの女性が、エスカレーター前で画材を広げて座っていた。
声をかけられた青年は、砂時計をしまって彼女を見つめる。
「……これは、一体なにを?」
「だから、あなたの身体を描いてあげるって言ってんの!
そういう商売なんだから座った座った!」
「でも、オレは、金なんて持っていな――」
「じゃあいらない! まあ、こっちは半分、絵描きの修行でやってるってのもあるし、特別サービス! お兄さんは十人目のお客さんだからタダでいいよ!」
彼で十人目ということは、まったく儲かっていないのではないか。ただの宣伝不足か実力不足なのか。タダならば失うものはなにもないか、と彼は考えたわけではないが、促されるままに椅子に腰かける。
「待っててねーっ、格好良く書いてあげるから!」
筆を素早く走らせるベレー帽子の女性。ちらちらと青年を見つめながら舌を出し、唇を舐めて濡らす。描いている最中、雑談レベルの気軽さでこんなことを言う。
「なんだかあなた、さっきの子とちょっと似てるかも……、うーん、ま、雰囲気だけだし描いた絵を参考にしてるから単純に絵柄なのかなー」
「似ている子……その描いた絵はあるのか?」
「んー、ちょっと待って。今、あなたの絵ができそうだから……うるさい」
タダとは言え一応、客なのだが。
扱いが雑なのも繁盛しない原因なのでは?
「できた!」
大げさに喜んだ女性が自信満々に絵を見せてくる。
「どうっ!? これ、あなたなんだよ!?」
期待していたわけではないが、見せられた絵に感想を言うのは困る。
上手いのだろうけど……、抽象的過ぎて、青年には理解できなかった。
ついでに見せられた似ている子の絵も、同じく抽象的で、子供が書き殴ったようにしか見えないため、似ているどころかモデルの人物の姿も思い浮かべられない。
「うーん、あんまり良くはなかったかー、そっかー」
「いや、オレには描けないから、上手いとは思うよ」
「当たり前でしょ、素人が口を出すな」
フォローをしたのに向こうから返ってきたのは攻撃的な言葉だった。彼女はうーんうーんと悩んでいるので、青年はゆっくりと静かに立ち上がり、その場を去ろうとする。
すると、
「あ、ありがとねー。また寄ってね、いつまでも待ってるからさ」
ベレー帽子の彼女は、今の暴言のことなどなかったかのように笑顔を向けてくる。
彼女の性格には敵わないな、と青年は戦う前から敗北を認めた。
「気が向いたらくるよ」
「それ、こないヤツのセリフじゃん!」
手を振られたので振り返す。
青年は今度こそ彼女から離れ、一人、ぼそっと呟く。
「……どこにいるんだ、〈51番〉……」
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