第8話 前兆……、
「あ、そうだ。ここにくる途中で、小さな青い髪をした女の子を見なかったか?」
「いや、見ていないけど……」
「そっか……ま、密閉空間ならどこかで会えるだろ」
恐らくは探し人だろうが、あっさりと切り捨てた少年は資材に手を加えていく。
ヒーロにとって、人生の分岐点とも呼べる時代の重要人物。
これがギンとの、初コンタクト。
―― ――
ギンはブルゥを探して、アクア内のショッピングモールの中を走っていたのだが、人が多いせいか、気配を辿るギンの索敵能力では邪魔があり過ぎる。視覚に頼っても同じ結果だ。
アクア内は広いが、区切られたブロックが並んでいる建築構造のため、実際には、森で育ったギンからすれば狭く動きづらい。障害物を破壊できないのが彼にとってはストレスだった。
(近道したいんだけど、あの壁を壊すのはやっぱりダメだよなあ……)
責められるのが自分だけならばいいが、恐らくは、糾弾は連れのウリアにも向かうだろう。人間社会に詳しいウリアに、ギンの分まで責任が押し付けられる可能性がある。
ギンでは支払えない人間同士の交換を、全てウリアに任せるのは忍びない。
ウリアのことを利用したいわけではない。
彼女はギンにとって、友達なのだ。
(……ん?)
現在、ギンは昆虫のように壁に貼りついている。天井の片隅に、高速移動をしながら。なので買い物を楽しむ住人に、ギンの姿は捉えられない。
そんな中でもギンは冷静に辺りを観察して、気になったものを見つけた。
雑貨フロアらしいが、ギンは店舗に置いてある商品が一体なにに使うのか分からないので、土から掘り起こされたゴミにも見えるガラクタにしか見えない。
興味のない店舗が連続して並んでいるので、その隙間に存在する暗闇に続く、場から浮いている道が目に止まった。
壁を伝って隙間に入って、通路に降りた。緑色のランプが光っている。主張する緑色は人が走っているポーズだった。
「なんだ、騒がしいな……」
後ろからは人々の喧騒が聞こえており、それに混ざって、通路の先の扉の内側からも、攻め合うような騒がしい声。この通路にきても、ギンでなければ扉の向こうの会話など聞こえるはずもない。ましてや、通路に入る前から聞くなど、あり得ないだろう。
しかしギンは音を捉え、だからこそ今、この通路に入ってきた。
扉にはなにも書かれておらず、誰でも入れてしまう正当性が置きっぱなしにされているが、人間、こういう場所に興味があってもなかなか踏み込まないものだ。
しかも中からは楽しそうな騒ぎ声ではなく、互いに攻め合う喧嘩中の声。
空気を読まずに入る勇気がある者はなかなかいない。
この人間社会で当たり前のように育ってきた者に限れば。
――どん! と乱暴に足裏で扉を蹴り、ノブを回すことで甘いロックが取れる開閉装置を瞬間で無効化したギンが部屋の中に入る。
いきなり入ってきた部外者に怒鳴りつける声はなく、船員同士、胸倉を掴み合っていた者たちはギンを見て、なにも言えずに固まっていた。
言うべきことはあるはずだが、なにも言えなかった。
ギンはなにもしていない。
ただそこに立って頭を掻き、問題が起きて困っていそうな者たちを見つめて一言。
「……なんか手伝うか?」
こうして、ギンはタダ働き同然の仕事を任されることになるのだが――、
彼の中に、後悔や不満はなかった。
森の中では助け合い。
人間社会にある、個人の裏にある打算的な目的など考えていなかった。
ギンは純粋で、真っ直ぐで。
自分勝手で傲慢で。
だけども人間の中にある原点を心に持っている。
現代の人間たちは、持っていない心だ。
「本当に任せてもいいのか……?
俺たちは助かるが……自分たちの仕事も残っているわけだし」
「構わねえって。資材は、近くの倉庫だったっけ? そこにあるんだろ?」
「近くではないな。B1フロアだから、二つ下に降りなければいけないぞ。資材も軽くないんだ、やっぱり協力しなくちゃ……」
「いいっていいって。くるはずのやつを探さなくちゃいけないんだろ? じゃあそっち優先でいいって。……あ、ついでに青い髪の、ちっさい女の子も探してくれると助かる。
そいつ、知り合いなんだ」
「ああ、分かった。……絶対に見つけるさ」
「そんなに気負わなくてもいいんだけどな。まあいいや。こういうのは助け合いだ。この穴は俺がぱぱっとやっとくから、お前らも行方不明者をちゃんと見つけろよ」
十人ほどがこの部屋に集まっていたのが、これで一気に出払った。一緒にギンも部屋を出て数分もせずに自分よりも大きな板の資材を持って帰ってくる。穴に合った形、大きさにするため、ギンが腰を据えて座り、作業をし始めようとしたところ、
「誰だ」
「ッ!?」
ギンはウリア以外の、彼女を通さない人間と出会う。
島から出て、己が作った最初の友達だった。
―― ――
潜水艦アクア内部の大まかな構造。
B1から5Fまで階層があり、ショッピングモールとして機能しているのは中でも1Fから4Fの4フロアになる。
B1は住人が訪れるような施設ではなく、船員専用のものとなっており、仮眠室だったり、ゴミ収集場や倉庫、バケモノとの戦闘の際に使われる武器装備などが置いてある。
各階にも住人が住むための部屋があるが、5Fは全て住居となっている。こちらは逆にプライバシー保護のため、船員が訪れることはほぼないと言っていい。住居とは言え、形としてホテルの形式に近いため、住人が望めば船員は行き来が可能になる。
ショッピングモール内。
アクア内部は上から見て、縦に長い長方形が二列収まっている。
右をA,C、E。左をB、D、F棟と呼んでいる。棟は正方形に区切られており、それらが三つ繋がって長方形になっていると考えれば分かりやすく説明ができる。
棟一つに、店舗によってジャンル分けがされており、正方形の中に、さらに細かな正方形があるような形。
とは言え、棟のようにきっちりと分けられているわけでも、綺麗な正方形になっているわけではないので、そこは店舗の形や柱の位置などの関係でかなり曖昧になっている。
『地図で見たのと細かな部分が違って、ちょっとだけ迷う』と言った、優しめの『言っても言わなくてもいいよな』という暇潰しのクレーマーくらいしか言わない苦情があったりするが、返しとしては『仕方のないこと』で片づけられ、しかも納得できる。
1Fが日用品フロアで、2Fが娯楽フロア。
3Fが雑貨フロアとなり、4Fが食事フロアになっている。
ウリア、ユキノ、マルクが現在いる船長室は、4Fのアクア内部、前方——つまりA、B棟のどちらにも食い込んだ位置に陣取っている。
そして船体に穴が開いたと騒がれている部屋は3F雑貨フロアB棟——船長・ヒーロとギンが現在、この場所で穴の修理に二人で挑んでいる最中だった。
唯一、居場所が分からないブルゥは、はぐれた場所が3Fから4Fなので、このどちらかのフロアにいる確率が高いのだが……、しかし外の世界が初めてのブルゥがじっとしているわけもなく、結局、全てのフロアとエリアを網羅しなければならない。
ちなみに。
E、F棟の真後ろ。
二つの棟に食い込んだ位置に陣取るB1Fから最上階までの大きさのスペースには、アクアを動かすための動力が内臓されており、この潜水艦の命とも言える場所だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます