第7話 船体欠陥

 マルクが、先ほど「問題はあるがすぐに対応すればなんともない」と発言した船員へ視線を向ける。彼は相手がハンターだろうと知られたくなかったらしく、苦笑いで誤魔化そうとしていた。


「なにが安心してくれていい、だ。

 船体に穴だと? すぐに対応したところで多少の被害は出るだろう」


 寝袋に入っている船長がぴくりと反応する。


「いや、それが……、確かに船体に穴が開いているのだが、見えるのは亀裂と隙間だけで、まったく水は侵入していないんだ。だからすぐに塞げば大丈夫だと思ったんだよ――」


「だとしてもだ、その不思議な現象がなければ今頃、この潜水艦は沈んでいたかもしれないんだ……軽く捉えるなよ」


 優しい対応が多いマルクの厳しい言葉は、一人だけでなく辺りの船員の心に響いた。顔を引き締め頷く船員たちは、今の通信の指示通りに資材を運んでいるはずの担当に連絡を取るが――、


「……繋がらん。やはりなにか問題があったのか……?」


「問題だけならいいがな。報告するのを躊躇って、居留守を使っている場合なら良い方だ。資材を運んでいる者が既にこの世にいないのが最悪から二番目のパターン」


「一番目はなんなの?」


 通信の着信音のせいで興が削がれたウリアが、ユキノから顔を離して聞いた。


「この『アクア』自体が致命的な欠陥を抱えている場合。そして既に、大勢の人間を巻き込む事件が起こっているパターンだ。

 加えて、進み始めた道の先にあるのが『全員の死』というバッドエンド。

 最悪過ぎる状況を想定してみたが、バケモノセカイは想像を越えて普通だ。だからこの想像もまだ可愛い方なんだろうね……」


「……その船体の穴は、持っていった資材で塞がるようなものなの……?」

「塞がるはずだ」


「はい、出ました塞がる『はず』。結局、確信はないってことでしょ?」


 体格の良い男が、うぐ、と言い返せない。

 そんな船員を冷たい目で見つめるユキノは、すぐに視線をはずす。

 一人の末端に割く興味など、一瞬でもあればいい方だ。


 ユキノは寝袋を乱暴に落とす。いらない物を捨てるように、そこに躊躇いはなく、見返す興味の残滓もない。捨てた後は本当に存在しないものとして認識していた。


 もぞもぞ、と寝袋が動く。

 チャックが、じー、と開いて、船長が顔を出した。


 勢い良く寝袋から出て、船長室の出入り口へ向かう。

 気づいたウリアが声を出して止めようとするが、もう遅い。船長は元気良く手を上げ、


「困ってんなら、あたしがいってくる! 

 これも船長の仕事だ! ってことにするからな! 後は任せたぞ!」


 全員の、待て! という制止の声を振り切って、船長が扉を開けて走り出す。


 目的地は、B棟の『船体に穴が開いている』場所。

 資材などは自分で調達するとして……、よし、これで当分は作業に夢中になることができて、船長の役など忘れられるぞ、と一気にテンションが上がる。


 人の上に立って指示するよりも、下っ端として雑用をし続けている方が気が楽だった。

 アクアに乗ってから忘れていた笑顔を始めて、いま、表情として出せた気がする。


 ―― ――


 青と白の、波が絡まったデザインをしているバンダナを頭に巻いている。

 茶色の髪の毛がバンダナに収まらず、後ろや横から溢れていた。肩に乗るくらいの長さだ。


 ヒーロ、というのが、このアクアの船長である彼女の名前だった。


 肩を出した、船員と示す服装を着ている。青と白で目立つ格好だった。


 あまり船員が堂々と焦った姿を見せると、住人にいらない勘違いをさせてしまうので、ゆっくりと歩いて先を進む。


 船長室から出て同階、ファミリーレストランが数多く存在する4Fエリアに辿り着く。目的地は3F雑貨フロアなので、一つ下に降りなければならない。

 エスカレーターを使って降り、雑貨フロアへ。


 資材を自分で調達する前に、まずは開いた穴の具合を見るために原因の場所へ急ぐことにした。落ち込む前にきた連絡内容を参照し、目的地に辿り着く。


 そこは船員だけが入れる場所だった。

 住人が通る道や店舗の中ではなくて良かった、とヒーロが安堵する。


 たとえ水が浸入していなくとも、穴が少しでも開いているという不安が伝播して、ないはずの想像をし、早過ぎるパニックが起こる可能性だってあるのだ。


 穴が開いた場所が、アクアが持つ武装装置の部屋へ通じる場所だった、というのが少し気になるが、今は原因よりも修理をしよう。


 穴が開いている場所にしては、常駐している船員が少ない。というか一人もいない。かちゃかちゃと金具をいじる音がしているので、誰かはいるのだろうけど……、

 見つけた人物は服装からして、船員ではなかった。


「誰だ」


「ッ!?」


 味方か分からないため、壁からこっそりと覗いていたヒーロの気配を感じ取った彼が、声だけで威圧する。びくっとなったヒーロのことも感じ取ったらしく、彼の続きの言葉に敵意はない。


「もしかして追加の資材? 

 いや、これで足りると思うけど……って、そういうわけでもねえのか」


「……あんたは……?」


 手ぶらのヒーロは、最初からあった資材を使って穴を修繕しようとしている少年に近づいた。

 年齢は自分よりも年下だと思う。

 強かな体と精神力、しかし表情はどこか幼く見えたりする。


 彼は穴を塞ぐための板を、大きいので小さくしようと切っていた。しかし途中で面倒になったのか、手で簡単に真っ二つに割っていた。

 しかし切り口が雑になってしまったので削り、表面を滑らかにする必要がある。


「程度が分かんねえな……」

「良かったら、手伝おうか……?」


 年下の少年の不器用な手際に不安になったヒーロが、船長らしく助け船を出す。元々こういう作業は得意で、だからこそ船員に志願したのもある。

 あの場から去って、船長の責任から逃げたいがためのでっち上げた理由ではないのだ。


 彼女だって、このまま嫌々でいいと思っているわけではない。


 自分しか、船長ができる人材がいないのならば、自分がやるしかない。


 たとえ多くの人間の命を背負っているとしても。

 その重圧に負けてしまっては、父親を裏切ることになってしまう。


 自分を信じて任せてくれた父親の顔に泥を塗ることになる。

 それだけは、したくないのだ。


 ただ……、


「手伝ってくれるのか? ありがとな!」


「あたしの手伝いがいるのかと、疑問になるような穴の規模だけど……」


「そんなことねえよ。

 こうして誰かと作業できるってのが、もうお前の功績のおかげだろ?」


 無邪気にそんなことを言ってくる少年を見ていると、なんだか自分の悩みが吹き飛んだ感覚がしてくる。作業をして、忘れている内に、船長としての覚悟を決めなくては。


 必要なのは時間だったのだ。


 考える暇なく船長を任せて、出港させてしまう荒療治では、彼女は腰を据えられない。

 彼女の父親の失敗は、ただそれ一つ。


 覚悟が決まれば、彼女は誰よりも『船長』としてしか、生きられない。

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