第11話 バケモノ・セカイ
「よし、これで大丈夫だろ」
がちがちに板で固めた、壁に開いた穴。
完全に密閉されており、これなら水漏れなどしないだろう。
「それにしてもこの穴、凄いよな……どうやったか知らないけど、裂いたか、切ったか……、一瞬で開き、すぐに繋ぎ合わせた後処理が目立ってる。
薄膜みたいな、空気が間に挟まっていたから、水も侵入してこなかったんだろうぜ。だからこちら側から外が見えるんだろう。……って、聞いてんのか、ヒーロ」
「――へ? え、あ、うん! 凄いよね!」
「ぜったいに聞いていないくせに、返事が的を射ていて腹立つな……っ!」
ごめんごめん、と謝ると、ギンはすぐに許してくれた。最初からそこまで怒っていたわけでもないらしい。ヒーロが考え事をしていたのは、ギンの言葉のせいでもあるのだから。
「よしっ、そろそろブルゥを探して、ウリアに合流しなくちゃな――」
「あ、えっとごめん、ギン。実は、まだ穴がいくつかあるらしくて……」
しまいかけた釘と、残りの板を持つ手をぴたりと止める。えー、と一瞬、嫌な顔をするも、この板を釘で打ち、壁に取り付ける単純作業は、言うほど嫌いではなかった。
思わず声が出たのは、アクア内をこれから散策しようとしていたところに予定が入ったためである。施設内を回るにしても、ヒーロを連れていくつもりだったし、ヒーロがこないならば後に回せばいいと思っていた。
ギンがここで断っても、どうせヒーロは拘束されるので、ギンは暇になる。
だったら手伝って穴を塞いだ方が得だろう。
「どこに穴が開いてんだ?」
「ちょっと遠いけど……1FのC棟、他にも同じ1FのF棟も報告が上がってる。水は侵入してきていないから、優先度は低いけど――やっぱり塞がないと不安だしね」
「二つか……じゃあ二手に分かれて1Fの穴を……」
「いや、あたしは4Fの二つの穴を塞がなくちゃいけないから、ギンは1Fの二つをお願いする……お願いしても、いいよな?」
今更な質問だが、ギンは頷いた。
彼は思っているよりも相当に暇らしい。
「資材はこんだけしかねえけど」
「これだけあれば塞げると思う。ギンは一つの穴にかける板の消耗が激しいんだ。この規模の穴なら重ねなくても、一枚で大丈夫。精神的な不安は残るけど、資材も有限なんだから……、しかも穴がいつどこで増えるか分からないんだし」
「バケモノから身を守るための装甲が、こんなに薄くて大丈夫なのか……?」
まず、いつの間にか増えている穴の原因を解明すべきだと思うが、それに触れないということは、ヒーロたちが既に行動を起こしているのだろうと思って、ギンはスルーすることにした。
危機感がギンの中で少ないための行動だった。
もしもウリアだったら、念には念を入れて、原因を優先して解明するだろうが。
その違いが、総合的な展開を変えたわけではないが、個人の行動を少しだけずれさせた、と言ってもいいだろう。
「ギンは心配しないでいいわよ。……ギンのおかげで覚悟が決まった。あたしがこのアクアを守って見せるから! ……助けを求めることもあるだろうけどね」
「それでいいんじゃねえの。手を伸ばせば、取ってくれるやつは必ずいるからさ」
「それは……ギンのこと?」
「俺もそうだけど、他のみんなも、だよ。
つーかさ、二手に分かれるんだから、近くに俺はいないだろうが」
そういう現実的な意味ではなかったのだが。
ヒーロとしてはギンがどんな時でも手を取ってくれると言ってくれただけで満足だった。
「穴を塞いだら、4Fの船長室に向かって。
あたしの名前を出せば入れると思う。そこで待ち合わせでいいでしょう?」
「分かった。もしかしたらウリアもそこにいるのか……?
場所が分からなかったから、ちょうど良かったよ」
「……ウリアって、あの綺麗な子のこと?」
資材を持って歩き出したギンが、ああ、と頷いた。
「さっきの話にも出てきたけど、仲が良いんだね」
「まあな。俺の初めての、人間の友達だし。ヒーロは二人目だよ。ウリアの友達のマルクとユキノ、だっけか……あっちも友達ではあるんだけど……なんかちょっと、壁があるんだよなあ。だから打ち解けている、って意味じゃあ、お前とウリアくらいなもんだ」
さらりとブルゥをはずしているところを見ると、ギンはブルゥを友達という枠には入れていないらしい。家族、に近いのか。
もっと詳しく言えば、親子、とは思っていなさそうなので、兄妹の関係性。
ヒーロは、ふうん、と曖昧に相槌を打つ。
ギンは彼女の様子を気にすることなく、
「じゃあ先にいってる。ぱぱっと終わらせて、戻ってくるよ」
「テキトーな仕事をしないでね」
へいへい、と手を振り、彼が部屋から去っていく。
残されたヒーロは分けてくれた資材を抱えて、周りに緊急であると悟らせないように、慌てず、ゆっくり、しかし最低限は焦りながら、部屋を出て外を小走りで進む。
―― ――
ギンが語った生い立ちの話の中で、欠けているものがあった。
それはバケモノに育てられたこと。バケモノと共に過ごしたことだ――。
ギンは、大将や兄弟のことをただの人間として語ったのだ。もちろん、彼自身の機転ではなくウリアから過去に言われたことを忠実に守っていただけだ。
バケモノと一緒に育ち、暮らしていたこと自体に問題があるわけではない。
ウリアもそれを踏まえて言っている。
問題はないが、ただ、それを大勢の人間が許容しているわけではない。
中にはそれを聞いて、ギンを敵だと認識してしまう場合もある。
万人に好かれたいと思っているわけではないが、嫌われたいとも思っていない。
振り払える厄介事は振り払うべきだ。
振り払うよりも先に厄介事を生ませないようにするため、刺激の強いギンの生い立ちや昔話は優しく脚色するようになったのだ。
だから、ヒーロはギンの生い立ちの本当の話を知らない。
流れはだいたい知っていても、本質までは理解していない。
彼女は、ギンがハンター以上に戦えることを知らないのだ。
―― ――
(不安にさせないように、ギンには心配しなくていいって言ったけど……、大丈夫なわけがない。アクアの装甲をあんなに小さく、繊細だけど、けれどしっかりと穴を開けるなんて……! 穴を開けて襲ってこないのは、疑問が残るわね……、
少し違和感だけど、考えられるとしたら、これが『カオス・グループ』!?)
ヒーロは、穴が開いていると報告を受けた4FのD、E棟に向かう。
近い方から回るつもりなので、D棟になる。
無意識の焦りからか、小走りが段々と本格的な走りになってくる。
外から見れば全力疾走に近い速度だ。
周りの視線が集まるが、彼女はそれどころではなく、意識が目の前にしか向いていない。
(……大丈夫、大丈夫のはず……! だって、あの二人がきてくれ――)
その時、
古代の産声。
響き渡る音の流れが、足を止める。
平和な日常が破壊された音が聞こえた気がした。
見える世界は、ガラス片のように砕け散る。
そして、最悪の予想が反映された。
恐竜のような叫び声だった。
間違いなく『カオス・グループ』だった。
……正確な報告をしよう。
――バケモノが、このアクア99に、侵入した。
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