タッパー警部

Jack Torrance

第1話 タッパー警部

23時40分。「警部、また殺られました。仏はミシュランの三ツ星レストランでロシア料理を提供していた〈ドストエフスキ〉のオーナーシェフ、ミカエル ポロチネンコ、41歳です」ジーノ タッパー警部、48歳。3ヶ月前に24年連れ添ったかにさんと離婚し今は一人寂しい鰥夫暮らし。別れた理由はタッパーの昼夜を問わない激務にほとほと嫌気がさしたかみさんが離婚を切り出したというのが本当の理由だがタッパーは「ブスで気立ても悪いあの女房を俺が追い出してやったんだ」と周囲に吹聴していた。「解った。今から行く。鑑識には俺が行くまで待たせておけ」タッパーは軍隊仕込みと見紛う如きスピードで身支度を整えおんぼろのフォルクスワーゲンに乗り込み現場に向かった。黄色いテープで店の入り口は封鎖され警察関係者以外の立ち入りを禁止していた。テープを潜り店内に入るタッパー。仏のポロチネンコを念入りに観察している。この1ヶ月半でマンハッタンのミシュランの三ツ星レストランのオーナーシェフばかりが3人続けて殺害されているという事件が連続していた。チャイニーズレストラン、イタリアンレストラン、フレンチレストラン、多種多様な郷土料理を提供するレストランで被害者のオーナーシェフ3人の交友関係から容疑者を割り出していたがそれぞれの被害者と被害者とを結びつける人物の特定には至らず捜査は難航を極めていた。唯一、被害者の殺害方法で首尾一貫その手口が共通しているのはクライミングなどで使用されるフィックスロープで絞殺されていたという点であった。タッパーはニューヨーク中のアウトドア専門店のフィックスロープの購入履歴を洗ったが大量に積まれた砂利の中から1粒のダイヤの原石を見つけるようなものであった。ポロチネンコの首元にはフィックスロープで絞められた痕跡は無かった。「この奴さんは今までのオーナーシェフ連続殺人とは殺しの手口が異なっているな。星は捜査を攪乱する為に手口を変えたのか?それとも別の野郎が殺ったのか?撲殺や転倒した際の頭部の打撲なんかも認められない。毒殺?それとも自然死で事件性は無いのか?それは検死の報告書で解るだろう」タッパーは鑑識を入れ自身は厨房に向かった。そこには、大鍋で拵えられたボルシチが入っていた。タッパーは周囲の目を気にしながらいつも現場に持ち込んでいるバッグからタッパーを取り出した。そして、ボルシチをタッパーに詰めた。誰も見てない事を確認しながらタッパーをジップロックに入れまたバッグに仕舞った。タッパーはスープに目がなかった。それもミシュランの三ツ星レストランの味が無料で味わえるのだ。前の3件の殺し。チャイニーズレストランではワンタンスープ。イタリアンレストランでは鱈とあさりのトマトスープのアクアパッツァ。フレンチレストランでは新玉葱のポタージュスープ。どれもタッパーに失敬し持ち帰った。これは職権乱用じゃない。俺の職業の役得だと己に言い聞かせていた。罪の意識など毛頭無い。どれも美味かった。男の鰥夫暮らしにミシュランの三ツ星レストランの味は堪らなく応えた。胃袋を掴まれた。タッパーは心の奥底でオーナーシェフ連続殺人がどうか続いてくれと願っていた。現場検証が終わりタッパーは長年住み慣れた36年ローンで購入したマイホームではなく新しく賃貸した家賃350ドルのおんぼろアパートに戻ったのは早朝4時50分だった。マイホームはかみさんに追い出されていた。タッパーはクスネてきたタッパーに入ったボルシチをキッチンのテーブルに置きベッドに入り仮眠を取った。10時10分。タッパーは目を覚ました。ボルシチを鍋に移し入れ温めるタッパー。それを皿によそいテーブルに置いた。涎が口の中一杯に広がる。1口、2口、3口、4口、スプーンを運ぶ手が止まらない。美味い。タッパーは感嘆した。その時だった。タッパーの携帯が鳴った。「警部、仏の死因が判明しました。胃の中の残留物からボルシチと青酸カリが検出されました。厨房の中の大鍋に入っていたボルシチからも青酸カリが検出されました。毒殺です」額から汗が吹き出し頬を伝うのをタッパーは感じながら目の前のボルシチが入ったスープ皿を漠然と見つめていた…

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タッパー警部 Jack Torrance @John-D

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