8月の海に
8月の海にあなたを見送った。
これは自殺幇助になるのかなんて、まるで他人事のように考えながら、静かに海に還っていくあなたを見送った。
真上から照りつける太陽に嫌われていたのは私も同じだったのに、私はあなたの手を取れなかった。
思えば初めて出会った時から、あなたはこの世の全てを諦めているかのような目をしていた、と今更言ったなら怒るだろうか。
ねぇ、怒ってもいいや。いっそ怒りに来てくれないか。
今日のことを決めたあなたの表情があんまりにも綺麗なものだから、私は止めることも出来なかった。
伸ばしてくれた手を、私は掴めなかった。限界まで腕を伸ばして、ほんの数ミリの指先を躊躇ってしまった。まるでそれを誤魔化すように、焼けた砂についた膝が、あなたの体温よりも熱かった。そういえばあなたの手は、いつも泣きたくなるくらい冷たかった。心は温かいのだという、なんの慰めにもならない俗説に縋ってもいなければ、あなたが生きていることも疑ってしまいそうだった。
──あぁ、あぁ、終わらせたくなかったな。
あなたは物語の悪役でも、この世の全てから見放された孤独でもないのだから、あなたが死ぬことでこの世界がハッピーエンドになることなんて無いのに。あなたがいなくとも、この世からあなたという世界を見る双眸が消えても、まだ、まだ世界は続くのに。
あなたは自分を主人公だと思っていたのかもしれない。それは半分正解で、半分間違いだ。あなたはあなたの人生をあなたの思うがままに生きるべきで、あなたは自分が死ぬことで皆が笑う世界になるという思い上がりは捨てるべきだったのだ。
こんな時に言ったって遅いでしょう。私もそう思う。
声すら上げない私の横を、異常事態に気付いた知らぬ人たちが駆け抜けていく。訝しげにちらりと見る視線にも気付いている。しかし私は、そこから動くことも出来なかった。
あなたの覚悟を、痛みを、苦しみを、絶望を、喜びを、自由を、生きることこそが至上であると信じきっている幸せな誰かに侵されることは、酷くひどく怖かったのに。
見つからなければいいのにと思った。あなたの21gは、お願いだからこんな俗世を振り切っていてくれと願った。水平線を跳んで、あなたの往きたい場所まで。
致死量の呼吸 夏祈 @ntk10mh86
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