Epilogue
――Epilogue――
歩く。彼は、廃墟の中を歩いていた。
周囲の建造物の多くは緑に沈み、踏みしめる地面は降り積もった枯れ葉でやわらかに変わっている。生い茂る草木をかきわけて、彼は短い息を吐き出す。
徐々に暑くなってくる時期にあって、長い髪はただただ邪魔だった。肩に落ちた茶色い髪をつまみ上げて、ため息ひとつ。
切ってくればよかったなぁ、などとぼやきながらも緑の廃墟を進む。進むにつれて周囲の草木が多くなり、鉈を振り回す手も忙しくなっていく。どうしてこんな場所にくる羽目になったんだっけ。色々ぼやくことはあったが、それでも前へと進む。
この先には、かつて存在した都市群の遺跡がある。どれくらい前のことなのかも判然としないが、珍しいものが眠っているかもしれない。それだけの期待を胸に、彼は道なき道を行く。
――そして。
たどり着いたのは、巨大な樹の根元だった。
周囲の遺跡をその根で包み込んでしまっているそれは、容易に奥へと進ませてくれない。ほとんど投げやりに鉈を振るった彼は、その瞬間、根の奥にきらりと光る何かを見た。
「なんだ?」
呟き、根を切り開いていく。光るそれを傷つけないように慎重に進んで行くと、彼の目に大きな青い結晶が映り込んだ。
驚き、目を見開く。これは重大な発見じゃないか。興奮しながらも、同時に奇妙な既視感を覚える。自分は、この結晶をどこかで見たことがある?
落ち着かない気持ちのままに、青い結晶に手を伸ばした。刹那、結晶がやわらかな光を放つ。びくりと肩を震わせ、彼は一歩下がる。
光はどんどん強くなる。青も白も、あらゆる緑さえ飲み込んで、光は周囲を飲み込んでいく。たえきれずに彼は両目を閉ざした。それでもまぶたの裏には光が焼き付いている。
やがて、どれくらい経っただろう。彼はゆっくりと目を開いた。いつしか光は消え去り、緑の世界は落ち着きを取り戻している。一体何だったのだろう。首を傾げながら正面を再び見た。そのとき。
「なっ」
誰かが、結晶のあった場所で眠っていた。金色の長い髪に、雪のように白い肌。ボロボロの緑のワンピースをまとうその人物は、こんな遺跡には似つかわしくない少女だった。
驚きを隠せないままに、彼は少女へと近づいていく。彼女はピクリとも動かない。まさか、死んでいるのか――? 確かめようと手を伸ばすと、白いまぶたが震えた。
「……ん」
小さく呻き、彼女はまぶたを開く。その目は空のように青く、澄んだ色をしていた。寝起きのように何度か瞬いた少女は、やっと目の前の彼の存在に気づく。
「あ……」
何かに驚いたように、少女は目を見開く。そして、みるみるうちに大きな瞳に涙がたまっていく。彼はうろたえた。どうして、自分が何かしてしまったのか。
「いいえ、違うんです。ただ、うれしくて」
目元を拭って、彼女は笑顔を作る。花が咲くような、きれいで幸せそうな笑顔だった。その顔に、彼は心のどこかが震えるのを感じる。ああ、自分はこの顔を知っている。
立ち尽くす彼の前で、少女は立ち上がる。顔を上にあげ、澄んだ空がそこに在るのを確かめると、限りなく優しい動作で彼を抱きしめた。
「ありがとう。ずっと、あなたを待っていました」
――おかえりなさい。
ありがとう、エデン。そして、これから先も物語は続いていく。
【Fin】
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