知らないのは貴方だけ
義父から連絡があったのは、ショーンに手紙を頼んでから四日後。
恐らく、領地の別邸にいる義父に手紙が届いて直ぐの事だったのだろう。
「・・・その、皆は元気か?」
そんな声が、通信器の向こうから聞こえてくる。
相変わらず回りくどいね。
皆って、誰のことかな。
体調が心配なのは、一人だけの筈だけど。
何を聞きたいのか本当は分かっているけど、僕はやっぱり義父上には少し意地悪したいみたいだ。
「ええまあ。屋敷の者たちは、皆元気にやってくれてますよ」
そんな答えを返した。
「・・・」
分かってる。
そんな事が聞きたい訳じゃないんだよね。
「なんだ・・・その、お前たちはどうなんだ?」
「お陰さまで仲良くやってます」
「大変な事はないか?」
「まぁ、それはそうですが、当主夫妻としての役割にもおいおい慣れていくかと」
「・・・そうか。まあそれは、そうだろうな」
あれだけ強硬に別邸に移ると言い張った人とは思えない。
アデルの体調はどうなんだ? 大丈夫なのか、とただ聞くだけなのに、その一言がいつまで経っても出てこない。
エントランスホールのすぐ横でしているこの通話は、誰か通れば話している内容など容易く聞こえてしまう。
そして今回は、ショーンが通りかかった訳だけど。
どうやら彼は、僕の口調と聞こえてきた内容とで、誰と話しているのか察した様だ。
当然ショーンも事情を知っている。
わざと答えをはぐらかす僕を見て、静かに肩を震わせていた。
さて、結局僕は、そんな風にのらりくらりと話題をずらして、肝心なことは話さずに義父との会話を終わらせた。
だって、ものすごく大切な知らせなんだもの。義父のお茶を濁したような質問に答える形で伝えてなるものか。
まだ少し逃げの精神が残っている義父には、特に。
今はたくさん反省して、やきもきして欲しい。
二人の関係が、やっとここまで修復したんだ。
後、もう一押し。そう後はそれだけ。
どちらにせよ、義父が知りたがっていた情報は、いずれアデルからの手紙で分かる筈。
きっとアデルも、自分から伝えたいと思っているだろうしね。
実はこのニュース、知らないのは領地に引っ込んでいる義父だけなのだ。
義父のいる別邸で働くデビッドたちにもショーンを通してこっそり通達済みだったりする。
「ふふ」
さて、いつになるのかな。
義父上、貴方がこのニュースを知るのは。
僕は笑みを浮かべたまま、階段へと向かう。
アデラインの様子を見に行くためだ。
今は特に大切な時期だからね。体調には気をつけないと。
主寝室の扉前に立ち、ノックをしてから部屋の中を覗く。
僕の顔を見て、ベッドに横になっていたアデルが顔を輝かせた。
「調子はどう?」
「ありがとう、セス。今朝はだいぶ気分が良いの。吐き気もあまり酷くないのよ。貴方が居てくれるからかしら」
「そっか、良かった。王城勤めがなかったら、毎日アデルの側にいられるんだけどな」
「まあ、セスったら。いけないわ、そんな事を言っては」
「だって、アデルが心配なんだもの。本当ならずっと側にいたいんだよ?」
そう言って僕は口づけを落とす。
今日は気分が良さそうだから唇に。
吐き気が酷い時は、刺激にならないように頬か額にする様にしている。
今は吐き気が一番酷い時期。
その日にもよるけど、調子が悪い時は水を飲んでも吐いてしまう。
だからアデルの側にずっと居たいっていうのは本当だ。なかなか出来ないけどね。
今日は王城に向かわない日。
五日ぶりにアデラインと一日を過ごせる日。
だから、今日はずっとアデルの側で世話を焼くつもりなんだ。
僕はベッドの際に座り、そっとアデルの手を取り、少しでも気分が良くなるようにとマッサージを施した。
「心配かけてごめんね、セス」
「何を言ってるのさ、アデル。心配するのは当たり前じゃないか。君は僕の大事な奥さんなんだよ? それに、ね?」
僕は、そっと手を伸ばしてアデルのお腹に当てた。
「今は、どれだけ大事にしてもしすぎるって事はないよ。無事に生まれてきて欲しいと思ってる。君も、君のお腹にいる子にも何事もなく」
「そうね」
アデラインはにっこりと微笑むと、お腹に当てた僕の手の上に彼女の手を重ねた。
「わたくしね、とても楽しみにしているの。早くこの子に会いたいわ」
「うん。僕もだよ」
僕たちは視線を交わらせると、声を上げて笑った。
彼女のお腹には新たな命が宿っている。
関係者でその事を知らないのは義父だけ。
悪阻のせいで義父になかなかペンを取れずにいたアデラインが、ようやく義父に手紙を出すことが出来たのは、この時からさらに二週間先のことだった。
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