義父との交流



結婚式からまもなく、セスは第一王子レクシオの側仕えとしての内示が下った。



そして、結婚してから三月ほど経った後、セスはレクシオの側近として登城する様になる。



「またお会いできて嬉しいです。セシリアン殿」



先月9歳になられたレクシオ殿下は、年齢にそぐわない落ち着きと穏やかさをお持ちの方だ、そうセスは思った。



と、そこではた、と我にかえる、



「恐れながら」



セスは慌てて口を開いた。



「僕は家臣として殿下のお側近くに仕えるのです。どうか、敬語はお使いになりませんよう」


「え、でも」



戸惑ったように口ごもるレクシオは、恐らくそれまで同年代の子息ばかりが側にいたのだろう。



10近くも年上なのだから、と気を遣っているのが丸わかりだ。



「殿下、どうか。名前もそのままで呼び捨てて下さい」


「・・・その方が、セシリアン・・・は、やり易い、のか?」


「ええと、そうですね。これからはずっとお側で控える訳ですし、出来ればそうして頂けると嬉しいです」


「・・・分かった」



そう頷いたレクシオは、僅かに頬を染めながら言葉を継いだ。



「その、君が来てくれるのを楽しみにしていた。よろしく頼む、セシリアン」



ようやく見せた、年相応の表情に、セスの頬も思わず緩む。



「こちらこそ、よろしくお願いいたします」




こうして、王太子ルシオンからの突然の抜擢が発端となったセスの側近生活が始まった。






「・・・レクシオ殿下はとても利発な方で、側でお仕えしていてとても楽しく過ごさせていただいています、と」



セスは手に持っていたペンを、くるりと回した。



「僕の話はもういいよね。どうせ大した興味もないだろうし。後はアデラインのことを書こうっと」



インク壺にペン先を浸し、再び便箋にペンを走らせる。



義父が領地に引っ越してから、セスは週に一度、義父に手紙を書くようにしている。


その事をアデルはもちろん知っている。

でもアデルはアデルで、月に一度か二度、父親宛に手紙を書いているようだ。



セスが書くのは、屋敷内の様子、使用人たちの働きぶり、アデラインとの生活、執務関係の話、王城での仕事についての報告など。



誰に読まれたとしても別に困る事もない、他愛ない近況報告のような手紙だ。



なかなか面白いと思ったのは、最初の二か月ほどは義父から何の返事もなかったのだけれど、やがてポツポツと返信が来るようになったこと。



結婚してから半年が経過した今は、便箋に二枚ほどの手紙が必ず返って来ていた。



一枚目はセスの書いた手紙に対する返事のようなもので、大抵は当たり障りのない内容が書かれている。


そして二枚目は、義父からの質問が大体を占めていた。



何の質問かと言うと、セスが手紙の中でわざと中途半端にぼかして終わらせたアデルの近況報告に対するツッコミのようなものだ。



それはつまりはどういう事だ、アデルは何と言ったんだ、どんな事をしてるんだ、と、要はアデラインの事が心配で、知りたくて堪らないようだ。



だから、わざとぼかして書いてるんだけどね。



ふふ、とセスは意地の悪い笑みを浮かべる。



知りたかったら帰って来ればいい。

会いたいのなら、いつだってそう言えばいいんだ。



もう胸元に忍ばせた絵に頼らなくても、アデルを見ることが出来てるくせに。


あの人はまだ気づいていない。

今はただ、自分の思い込みだけが自身を縛っているということを。



自慢じゃないが、義父を迎える準備はとうに整っている。



もう、アデルの願いを叶えるには、いい頃合いなのだ。



「まあ、そう簡単には戻りづらいんだろうけど」




僕からの中途半端な近況報告に、あちらがやきもきしているのは間違いない。


なのに、変に意固地になってアデルとの再会を自分から難しくするし、抱いた疑問をアデルとの手紙のやり取りで直接聞くのはあの性格からしたら無理なんだろうし。



まあそこは、意地っ張りで格好つけの義父だからね。


でも、そこは助けてあげない。



インク壺に、ペン先を再びつけ直す。



「さて、書き忘れはないかな」



そう呟くセスの笑みが少しだけ黒く見えたのは気のせいか。 



恐らく無意識だろう。ふんふふ~んと鼻歌まで出てくる始末だ。



すっとペンを便箋に戻す。




ずっと夢見ていたアデラインとの新婚生活、意固地な義父のおかげで、意図せずして二人っきりですごせた事には感謝している。


だけど、セスにとってはアデルの憂いを払う方がよほど大切なのだ。



「・・・という訳で、今回の手紙にも質問の回答は書いてあげませんよ、義父上」



そう言って、セスは悪戯っぽく笑った。



秋の終わりが近づき、どこもかしこも冬支度で忙しくなる中、セスはとっておきのニュースを手紙の最後にしたためる。



そして、インクが乾いた事を確認してから、丁寧に折りたたんで封筒に入れ、封をした。



「あんな面倒くさい執務形態を続けるくらいなら、さっさと前のようにここから城に通えばいいのにね。まあ、この手紙を読んで義父がどうするかだな」



さて、拗れに拗れて、こんがらがっていた義父とアデラインとの繋がりも、だいぶ解れてきた。


とはいえ、未だ義父は最後の最後で躊躇している。


自分は許されてもいいのだろうか、と。



そんなの、セスにとっては正直どうでもいい。

アデルが父親を思っている、その事実だけで十分だ。



「これで良し、と」



ショーンを呼んで、領地の別邸にいる義父に届けるよう頼んだセスからの手紙。


その手紙の最後に書いてあったのは、こんな一文。




--- 最近、アデルが体調を崩しています ---

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