結婚式とその後



晴れやかな青空の下、セスとアデラインの結婚式は、滞りなく行われた。



婚姻の誓いを立てるために神殿の祭壇の前に二人が立つ。


美しい二人の姿に、集まった招待客たちからはほうっと溜息が漏れた。



アデラインは、自ら刺繍を入れたヴェールでの頭を覆い、セスの隣にそっと寄り添う。


手に持つのは、以前セスが贈ったのと同じ、真っ白の百合の花束だ。



幸せそうに、けれど恥ずかしそうに、それぞれ誓いの言葉を述べる二人を、エドガルトはそっと見守っていた。





「おめでとう、セシリアン」



結婚披露の宴で、セスに真っ先に声をかけたのは王太子のルシオンだった。



セスはすぐに臣下の礼を取り、頭を下げる。



「ありがとうございます・・・王太子殿下にお越しいただき、光栄にございます」


「いやだな、当たり前じゃないか。君がエドガルトの頬を引っ叩いた日のことを、私はまだ覚えているよ。あれは痛快だった」


「・・・お褒めに預かり恐縮です」



出来れば忘れてほしい、そう思いはしても、空気が読めるセスは決して口には出さない。



「あれで万事解決したかと思ってたけれど、エドガルトはまだ引きずってるみたいだね。いやあ、根が深くてビックリしたよ」


「申し訳ありません。執務に影響が及ぶ事は分かっていたのですが、説得出来ず」


「領地から通って一週間城に泊まり込んで仕事して、それから一週間休みを取ってとか、却って面倒だと思うんだけどね。まあ、これまで通りの仕事量をこなすと言われれば、却下する理由もなくてね」



そう話をしながら、ルシオンは視線を別の場所で語らっているエドガルトへと向ける。



「・・・今日、発つんだって? この宴が終わった後すぐ」


「はい。もう荷物は全部あちらに運び込ませた様です」


「そうか・・・彼女は大丈夫かい?」


「心配ありません。短期間のことですし、僕も支えるつもりですから」



ルシオンの視線がセスへと戻る。



「・・・短期間?」


「はい」


「戻ってくるの? エドガルト」


「そうしてもらう予定です」


「いつ?」


「それは未定ですが」


「何か策はあるの?」


「決定打はこれと言ってまだ」


「ええと、念のために聞くけど、本人もそのつもりでいたりとか?」


「いいえ、まったく」


「・・・それは、まあ、なんとも・・・」



少しの間、考える素振りを見せたルシオンは、やがてふはっと破顔した。



「ははっ。本当、面白いよね、君。そうか、そうか、エドガルトは戻って来るのか」


「いずれ元の執務形態に戻ると思いますので、それまで静かに見守っていて下さるとありがたいです」



何が面白いのか、よほどルシオンのお気に召した様だ。彼の眦にはうっすらと涙が浮かんでいる。



「成程ね、分かったよ・・・ねえ、セシリアン」



ルシオンは指でそっと涙を拭うと、にこやかな笑顔のままセスの名前を呼んだ。



「何でしょうか」


「君さ、レクシオの側近として城に上がってくれる?」


「・・・はい?」



第一王子殿下の?



「いやね、前からキャスと話してはいたんだ。君にどれか子どもたちの側に付いてもらいたいなって。私はレクシオがいいと思ってるんだ」


「・・・何でですか?」



驚きのあまり、よそいきの言葉遣いを忘れたセスだが、ルシオンは気に留める風でもなく言葉を継ぐ。



「ん~、エドガルトを殴ったから?」


「はい?」


「守りたい存在のために躊躇なく動ける人って、信用できるからね」



一瞬、体を張って殿下を守る血生臭い仕事を想像したセスは、続いたルシオンの説明にほっと安堵した。


確かに義父を殴りはしたが、決して腕に覚えがある訳ではないのだ。



ルシオンは、楽しそうな表情で、さらに続けた。



「なにより、レクシオが君に来てもらいたいようでね。教えを乞いたいそうだよ」


「教え、ですか」


「そう。あの子も君の奥さんの様な素敵な女性と結婚したいそうだ」


「それは・・・」



期待に沿えるだろうか。


なんとなく、なんとなくだけど。


アデラインより、キャスティン王太子妃のような明るくて行動力のある方と結婚するような気がしてならないのだけれど。



ルシオンは何やら含みのある笑顔でセスを見る。



「・・・うん。たぶん今君が考えた事は当たると思う。私もそう思っているから」


「ええ?」



考えを読まれた?と驚いて、セスは目を上げると、ルシオンの柔らかな眼差しは、新婦と楽しそうに語らうキャスティンへと注がれていた。



「まあ、それはどちらでもいいんだ。君があの子の側にいる事が益になるのには変わらないからね」



近いうちに内示を出すから、と笑顔で言われ、よく分からないうちに頷いてしまったセスだった。

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