独身パーティでの迷言



トルファン、ジョルジオ、アンドレ、ルドヴィック、そしてセス。



今、この五人はノッガー邸にて酒を酌み交わしている。



それは、この国の結婚前夜の慣わしで、新郎の独身最後の日を友人たちと酒を飲んで過ごすというもの。



セスの長兄アンナスは招待されたけど仕事の都合がつかずに辞退、末弟アリシエは残念ながら未成年のため不参加。


アンドレは妊娠中の愛妻エウセビアの体調が心配なので、一時間ほどで抜ける予定。


もとよりセスも正子より遅くは飲まないつもりであったが、トルファンとルドヴィックが早々に到着して酒盛りを始めたから、真夜中を待たずに解散としても構わなさそうだ。



アデラインのもとにはサシャとエウセビアが遊びに来ており、エウセビアはアンドレの帰宅に合わせて一緒に帰る予定でいる。



恐らくは、しっとりと穏やかな会話を楽しんでいるだろうアデラインたちと比べて、男性陣の浮かれっぷりはなかなかのものだった。



「おめでとう。やっと夢が叶うなあ、セス」



もう何杯目になるかも分からないワインを飲み干したトルファンが、これまた何回目になるかも分からない台詞を吐く。



トルファンはそこそこ酒には強い筈なのだが、今日に限っては早々に酔っぱらっていた。



何と言っても、アンドレたちより三時間も前に来ているのだ、ルドヴィックもトルファンも結構、いやかなりぐでんぐでんになっていた。



対して、普段から羽目を外すことのないセスは、今もちびちびと安全確実に酒を楽しんでいる。



どうしても、二日酔いでガンガンに頭が痛い状態で式に出なければならない事態は避けたい。



一生に一度の結婚式、ずっと、それこそ10歳でアデラインに出会ってからと言うもの、アデルと結ばれる日を待ち願い続けていたのだ。



万全の状態で臨みたい、二日酔いなど言語道断、真夜中の鐘が鳴ったら、何なら鳴る前に速やかに就寝する予定だ。



さて、ここで意外とザルだったのが、アンドレの義兄ジョルジオ。



遅れて合流したとはいえ、かなり強めの酒をカパカパと飲んでいる。平気な顔で。



トルファンとルドヴィックがもはや会話が成立しない状態になっていることもあり、現在、ジョルジオとアンドレとセスの三人をメインにしてグラスを傾けていた。



「お気を悪くしないでほしいのですが」



この際だ、気になっていた事を聞いてしまおう。

そう思ったセスは、正面に座るジョルジオにこう切り出した。



「構いませんよ、何ですか?」



あいも変わらず物腰穏やかなジョルジオが、にこりと返す。



「ジョルジオ殿は、その、まだ婚約者をお決めになっていない様ですが、どなたか心に決めた方でもいらっしゃるんですか?」



この質問には、酔いが回り始めていたアンドレもぴくりと反応した。



デュフレス公爵家で後継争いを起こしたくない、と、ジョルジオがずっと特定の相手を作らなかったのは割と知られた話。



だが、後継だったアンドレはランデル侯爵家に婿に入り、当のジョルジオが跡取りとなった今、彼の婚約者探しは急務の筈だ。



なのに、まだ全然そんな話を聞かない。


ジョルジオが跡取りに決まって、もう一年は経つというのに、だ。



「心に決めた方などいませんよ。この一年は何かと忙しかったので、結婚相手を探す暇もなくて」



そう言うと、手元のグラスをかぱりと呷った。



「まあでも、そろそろ決めないといけないでしょうね。条件の合う相手と見合いをしないと、とは思ってますよ」


「どなたに決まろうと、ジョルジオ令息を夫とする令嬢は幸せだと思います」


「おや、嬉しい事を言って下さる」


「本心ですよ」



そう。紛れもない本心だ。


少々ブラコン気味ではあるけれど、穏やかで優しく、剣の腕に優れながらも政務にも秀で、しかも家族思いで。


どう転んだって奥さんは幸せになるだろう。


全く同意しているのだろう、傍でアンドレがうんうんと頷いた。


アンドレはここに来てまだ一時間も経っていないのに、もうかなり出来上がっている様で、顔が随分と赤くなっている。



それでもグラスに新しく酒を注ごうとするものだから、セスは思わずアンドレのグラスを掌で覆い、ジョルジオはボトルを持った彼の手を押さえていた。



だが、アンドレは別に気分を害した様子も見せず、むしろ上機嫌でこう言った。



「そうだぞぅ。義兄上の妻となる女性は、世界一の幸せ者だぁ。なんてったって、私の義兄上だからなぁ」


「・・・お前、それだと自分が負けてるぞ。いいのか」



そう言って、セスはじとりと睨みつければ、アンドレは気にする様子もなく言葉を継いだ。



「エウセビアも世界一幸せな筈だぁ!」


「・・・ぷっ」


「ははっ」



ジョルジオとセスは、同じタイミングで笑い出す。



そうだよね。

エウセビア夫人はきっと、世界一幸せな筈だ。



セスは、つい勢いよく飲み干しそうになったグラスをかろうじて堪え、アンドレに告げた。



「そうか。でもね、アンドレ。アデラインもだよ。アデラインも世界で一番幸せになるんだ。僕がそうする予定なんだから」


「お? おう、そうだな」



とろんとした目で、アンドレは頷く。



「それはそうだ。そうならなくちゃダメだぁ。お前は私が見込んだ男なんだからなぁ」



そう言うと、アンドレはグラスを高く掲げた。



「よ~し! 世界一幸せな女性は、義兄上の妻と、私の妻と、セスの妻の三人に決定だぁ!」



高らかに宣言したアンドレに、ジョルジオは困ったように眉を寄せた。



私はまだ相手も決まってないんだけどね、と。


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