約束するよ



その夜、セスはいつもの様にアデラインを部屋の前まで送り、お休みの挨拶としてほっぺにキスを落とした。



ここで、いつもならば「お休みアデライン、良い夢を」と言ってお別れなのだけれど。



「・・・顔色が良くないね。調子でも悪い?」



離れる代わりにセスはそう問いかけ、アデルの頬をするりと撫でた。



それまで伏していた瞳が上がり、不思議そうにセスを見る。



「気づいてないと思った? 夕食の頃から塞ぎ込んでいたでしょ」


「・・・心配かけてごめんなさい。その、お父さまの荷物を片付け始まったと聞いて」



予想した通りの返答に、ああ、と頷く。



そうだろうと思ってた。


遅かれ早かれ耳に入るだろうし、きっとこのまま居ることになったら良いと期待もしていただろうし。



セスはそれきり俯いてしまったアデルの頭をそっと撫でた。



「ねえ、アデライン。僕を見て」



セスの言葉を受け、アデルがそっと顔を上げる。


その瞳は微かに揺れていた。



こんな顔を見るのは、ちょっと久しぶりかもな。



それだけ、最近ずっと平穏に過ごせていたという事なんだろう。これがこのまま続くんじゃないかって思うくらいには。



だからこそ、そうじゃなかった時の反動が大きいんだけど。



「ねえ、アデル」



少し屈んで、アデルの眼を覗き込む。



「教えて、君の旦那さんになる人は誰?」


「え?」


「ねえ、誰?」


「あの、それは、もちろん」


「うん」


「セ、セスよ」


「そう。僕」



そう言って、セスはアデルの両手をそっと引く。


アデルが思わず一歩前に足を踏み出すと、自然にセスの胸元に飛び込む形になって。



「え・・・?」



セスはアデルを腕の中に抱きとめた。


そのままアデルの耳元に囁くように小声で問いかける。



「このまま義父上とも一緒に暮らせたらいいって、そう思ってた?」


「セス・・・?」


「僕はもしかしたらって、ちょっと期待してた。だから、がっかりしたよ。アデルは?」


「・・・」



少しの間、答えることに躊躇う様子を見せたアデラインだったが、やがてこくりと頷いた。



セスは「だよね」と呟くと、ネコ科の動物のように、アデルの髪にすりすりと頬ずりする。



「まったく。義父上も困った人だよね。相変わらず往生際が悪いというか、なんというか」


「・・・式が終わり次第、領地の方へ移られると聞いたの」


「まあ、今のところはそうなるかな」


「今のところ?」



不思議そうに、アデルがセスの台詞を繰り返す。


セスは、うん、と首肯した。



「大丈夫。君の旦那さんを信じて。いつ、とはっきり約束は出来ないけど、僕は君の願いを叶えるつもりでいるから」


「・・・セス?」


「きっと義父上は戻って来てくれる。それだけは約束するよ。だから、それまでアデルの側にいるのは僕だけになるけど、我慢してくれる?」



微笑みながら、首を傾げてそう問いかけるセスに、アデラインは「我慢だなんて」と首を振った。



セスがいたから、セスがいてくれたから、この屋敷で笑って過ごせたのだ。


セスがいればいい、父がいなくなってもセスさえいてくれれば。そう言わなくては。



だって、セスはずっと自分を支えてくれた。大切な、大切な人だ。



アデルが開こうした口を、セスが人差し指でそっと塞ぐ。



「あのね、アデライン」



セスの瞳は、ちょっと困ったようでいて、それでもどこまでも優しくて。



「僕はね、義父上の本当の気持ちを知るまでは、アデルが僕だけを見てくれれば良いって、そう思ってたんだ」



え、と声にならない呟きがアデルの口から漏れる。



「義父上がアデルのことを気にかけてないって思ってたから、だったら僕だけを見てくれる様になれば幸せに出来るんじゃないかって・・・でも」



ふふ、とセスは苦笑する。



「気にかけてないどころじゃなかったよね。やってる事は全くの見当違いだったけど、全部ぜんぶ、アデルを思っての行動だった。いや、まあ迷惑でしかなかったけどね」


「セス」


「だからさ、アデル。僕だけじゃないんだよ、アデルの事が大事で大好きな人間は。もちろん、僕はその中でも一番になるつもりだよ? でもね、やっぱりさ」



アデルを抱きしめる腕に力がこもる。



「義父上がいなくなっても大丈夫、なんて強がらなくていいんだ」


「セス」


「でも、それでも今はどうしても一緒に暮らせないと義父上が仰るのなら、少しだけ時間をあげよう」



ね?とセスはアデルに微笑みかけた。



「それまでは、新婚生活をゆっくり楽しむつもりで過ごす事にしようよ。大丈夫、心配いらない、君の旦那さんを信じて」


「セス・・・」




アデルはゆっくりと頷いた。



不思議だ、とアデルは思う。


セスが大丈夫と言うと、本当にそんな気がしてくる。



きっといつか。


いつか父が向かい側で笑っていて。


自分の隣にはセスがいて。


腕の中には可愛い子どもが眠っている、そんな情景が、ずっと憧れていた光景が本当になるのではないかと、そんな希望さえ湧いてくるのだ。



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