荷作りを頼む
「そうなんですか。エウセビア夫人がおめでたとは」
急遽、セスからの呼び出しを受け、ノッガー邸を訪れていたルドヴィックは、にこやかに頷いた。
「そうなんだよ。出産まであと半年以上あるけれど、今から祝いの品を君に考えておいて欲しいと思ってさ」
「なるほど。分かりました」
ちなみに今日はルドヴィックだけに来てもらっている。
式が近づき、セスの忙しさも佳境に入った。
正直、今はサシャのハイテンションにゆっくり付き合う余裕はない。
そういう訳で、本日はルドヴィック一人を指名したのだ。
「必ずご満足のいく品をご用意いたします」
「ふふ、頼むよ。南部支店長さん」
「・・・ありがとうございます」
ルドヴィックは、照れ臭そうに頭を下げた。
実は今回、ヤンセン商会とヘリパッグ商会の合同事業として、両商会に品物を卸す買い付け専門の店舗を構えることが決定したらしい。
そして、その南部支店の店長に、ルドヴィックが就くことになったのだ。
「君の夢に、また一歩近づいたね、ルドヴィック。サシャ嬢と一緒に、あちこちの国の品物を見て回りたかったんだろ?」
「覚えていて下さったんですね」
「もちろん。素敵な夢だなって感心してたから」
「ありがとうございます」
頬を染めて、少し照れたように笑うルドヴィックはいつもよりも年相応に見える。
「君とサシャ嬢の結婚式が決まったら、僕にも教えてよ? 何か贈るからさ」
「そんな、お気遣いなく」
「そんな事言わないでよ。まあ、祝いの品を用意するとしても、君たち無しで上手く出来るとは思ってないけどね。一番欲しいものを選んでもらって、それを贈るって事でどうだい?」
「ふふっ。では、その時はそれでお願いしますね」
そんな穏やかな遣り取りを終え、ルドヴィックが退出した後のことだ。
暫くして、ノックの音と共にショーンが現れた。
「セシリアンさま、少しよろしいでしょうか」
「ん? いいけど、どうかした?」
「実はご報告したい事がございまして」
そうしてショーンは、今朝、現当主と交わした会話について話し始めた。
「では、ご決心は変わらないと仰るのですか、旦那さま」
落胆が混じる執事の声に、エドガルトはただ頷いた。
「ですが、お嬢さまとは少しずつ顔を合わせる事が出来る様になっているではありませんか」
その言葉に、エドガルトは胸元のポケットを押さえながらひとつ溜息を吐く。
「まだこの絵に頼らないといけないがな。それでも、あの子を見ても大丈夫な時が増えてきているのは確かだ・・・だが」
一度、言葉を切るとエドガルトは緩く頭を振った。
「気を抜けば、私の頭はいつだってアーリンの幻を作り上げようとする・・・私は、もうあの子の前で情けない姿を見せたくは、ない」
「旦那さま。ですがセシリアンさまがせっかくのご提案を・・・」
「ショーン」
エドガルトは執事の言葉を遮る。
そしてショーンの方へと振り返った。
「どうしたって私の罪は消えんよ。あの子をたくさん傷つけた」
「旦那さま・・・」
「もう式まであとひと月と半だ。そろそろ荷作りを頼みたい。あの子の結婚式が終わったら、当初の予定通り、直ぐに領地へ向かうつもりだ」
「・・・お二人は、きっとがっかりされますよ」
「あの子たちは優しすぎる。もう十分に良くしてもらった。だが、私などいない方がよほど上手くいく。こんな歪な人間など」
「旦那さま・・・」
「ショーン、もうこの話は止めだ。お前は新しく当主夫婦となる二人をサポートする事だけを考えてくれ。頼んだぞ」
「・・・承知いたしました」
頑なな主人の様子に、ショーンはそっと息を吐き、頭を下げた。
もしかしたら、このまま事態が好転するのかも。
そんな期待を持ち始めていただけに、ショーンの落胆は大きかった。
だがまずは報告しなければ。
ショーンは真っ直ぐにセシリアンの部屋へ向かった。
「・・・そっか。うん、分かったよ。大丈夫、そうなるかなって思ってたから」
躊躇いがちに現当主の変わらぬ意思を伝えれば、セシリアンは予想通りだと頷いた。
「セシリアンさま、あの」
「連絡ありがとう、ショーン。大丈夫だよ。前に頼んだ事は、義父上が領地に戻られたとしても変わらず手配しておいてね」
「分かりました」
「僕も、最近になってようやく義父上の面倒な思考回路が読めるようになってきたしね。僕たちが何か言ったって、素直にうんと言わないだろうとは予想してたよ」
「そう、ですか」
落胆がきちんと隠しきれていなかったのだろう。
セスはショーンを見上げると、にこりと笑った。
「だいぶ直って来たとは思ってるけど、義父上はどうしても面倒な方向に考えちゃうからなぁ」
その通りだとショーンも思う。
あまり思い詰めないでほしい、せっかく良い方向に物事が進み始めたのに。
当事者ではないショーンでも、そう思うのだ。
セスはショーンの肩を軽く叩いた。
「心配しなくて大丈夫だよ。まだ、もう少し時間はかかるだろうけど」
「・・・はい」
ショーンは、自分よりも一回り以上若い次期当主の言葉に、その微笑みに、酷く安心を覚えている事に気づいた。
ああ、そう言えば。
以前お嬢さまは、セシリアンさまの笑みを陽だまりの様だと仰った。
その事を思い出し、なるほど確かにそうだとショーンも思う。
だからきっと、今だって。
自分は、ここにこうしてセシリアンに報告に来たのだ。
七年前。
いや、もう少しで八年前になるであろう、この屋敷に養子に来た縁戚の。
お嬢さまに笑顔を取り戻してくれた、あの日のあどけない少年の。
ノッガー邸を覆っていた虚無感を取り払ってくれた、今や立派な青年となった次期当主のもとへと。
自分は相談に上がったのだ。
太陽のようなこの方ならば、きっと。
きっと何かを変えてくれると、そう思って。
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