待っていた届け物
もし届いたらすぐに持ってきて。
ショーンにそう伝えるために、ほんの少しの間、その場を離れた。
義父がとうとう勇気を出してくれたことは嬉しい。でも。
ここまで延ばしたのなら、もう少し、荷物が届くまで延期してくれてても良かったんだけどな。
まあ、焚きつけたのは僕だから、そんな事も言ってられないか。
そう思いながら、早足で例の部屋へと向かった。
義父とアデラインには、僕が戻るまで待っていてくれるように頼んである。
扉の前。
所在なさげに佇む二人に、駆け寄る足を更に速める。
「義父上、お待たせしました」
「・・・ああ。用は済んだのか」
「はい。到着予定の荷物に関して指示をしてきただけですので」
「そうか」
「では、僕が扉を開けますね。アデライン、絵の前まで義父上をお連れしてね」
「ええ」
覚悟を決めたように義父が大きく息を吐く。
僕が扉を開けると、アデラインは義父の手を引いて絵の前に立たせた。
そうして僕とアデラインは、数歩後ろに下がる。
「・・・」
義父が震える手を伸ばす。布を掴む。そして。
すっと引いた。
現れたのは、にっこりと微笑むアデラインの姿。
波打つ艶やかな黒髪に、柔らかく細められた紫の瞳。
まるで笑い声まで聞こえそうな気がする程の、とても自然な笑顔のアデラインだ。
社交で見せる、美しいけどどこか緊張した冷たい笑みとは全然違う。
なるほど、こんな表情を引き出せるのならば、ランジェロの肖像画が高く評価されるのも頷ける。
では、義父は。
「・・・」
沈黙がその場を支配する。
僕たちは少し後ろに控えているから、果たして義父がちゃんと眼を開けて見ているのかどうかも分からない、けど。
・・・どうなのかな?
声をかけるべきか、もう暫くこのままでいるべきか、悩むところではある。
思わず隣にいるアデラインに視線を送る。
同じようにどうしたらいいか考えあぐねていたのだろう、アデラインもまた僕を見ていた。
どうしよう、取り敢えずひと声かけるか?
そう思って、口を開いた時。
目の前で義父が頽れた。
「・・・っ、義父上っ!」
「お父さまっ」
僕とアデラインが同時に走り寄る。
義父は両手で顔を覆って微かに呻き声を上げていた。
肩はひどく震えている。
どう見ても好結果とは思えない様子に、僕たちは途方に暮れた。
・・・駄目、だったのか?
やっぱり、もうどう足掻いても無駄なのか?
このまま大人しく家督を譲られ、義父の望み通り、ひとり領地の片隅に引っ込んでもらうべきなのか?
でも、それじゃアデラインは?
義父と朝と夜の挨拶を交わせるようになっただけで、まるで世界中の幸せを独り占めしているかのように微笑むあの子は?
「・・・やはり駄っ・・・」
「義父上・・・っ」
義父の吐く諦めの言葉と、何かを言わねばと口を開いた僕の言葉とが重なった、その時。
控えめなノックの音がした。
「・・・だれ、かしら?」
慌ててアデラインが扉の向こうに誰何する。
「ショーンです。セシリアンさまへのお荷物がたった今届きまして、急ぎこちらまでお知らせに上がりました」
「・・・セス?」
「ありがとう。今、そちらに行くよ」
怪訝な顔で振り返るアデラインに、僕は頷きを返し、扉に向かう。
その向こうには、ショーンが荷物を手に姿勢よく立っていた。
「ありがとう・・・ところで、これを持って来てくれた人は?」
「エントランスにて待機しております」
微かな驚きと喜びを秘めたショーンの瞳を見て、期待通りの人物が届けてくれたことを察し、僕はその人にもここに来てもらうように言伝を出す。
それから、届いたばかりのその荷物を手に、部屋の義父の側へと戻った。
今しがたのやり取りで気が逸れたのだろう。
義父は、横にアデラインが立っているにもかかわらず、眼を大きく見開き僕を見ていた。
「・・・すみません。これは大切なものなので、届いたらすぐに僕のところに持ってくるようにとショーンに頼んでおいたんです」
そう言うと、僕は荷物の包みをピリリと破き、中にあったもの、その一つを取り出した。
「・・・それは」
「手にとって、どうぞよくご覧ください。こちらが貴方の愛した方です」
義父はゆっくりと手を伸ばし、僕の手からそれを受け取った。
アデラインは黙ってそれに視線を落としている。
アデラインもランジェロから話を聞いているかもしれない。それだったら、そんなに驚くことでもないだろう。
「・・・アーリン・・・」
「その似顔絵、新婚旅行中に描いてもらったそうですね」
話しかけながら、荷物の中の品をもう一つ取り出し、アデラインの新しい肖像画の隣に立てかけた。
「・・・っ?」
「こちらもどうかよくご覧ください。それから、その隣にあるアデラインの絵姿も」
「・・・」
「どうでしょう、この幸せそうな夫婦から生まれたのが、こちらの絵姿の可愛らしいお嬢さんです。義父上、ちゃんと見えていますか?」
「セス」
「よく見てください。貴方の大切な侯爵夫人が貴方を心から愛した結果、二人の間に授かった大切な一人娘の今の姿です。夫人が確かにおられたからこそ、アデラインという美しくて優しい女性が生まれました」
義父は恐る恐る目を上げる。
そして、横に並べた夫婦二人の肖像画と、アデラインのそれとを見比べた。
何度も、何度も。
「・・・先ほどのお茶会でもお話した通り、僕は夫人のことは何も知りません。だからご夫婦としての思い出も、家族三人で過ごした思い出も、何も口にすることは出来ません・・・なので、お願いします」
僕は扉の向こうにいる人物へと振り返った。
「アデラインが生まれる前、生まれた後。アーリン夫人がノッガー侯爵の隣で幸せそうに過ごす姿、子どもにだけ見せる母親の顔、どれだけ侯爵にとって大切な存在だったのか、よく・・・よく話をしましょう。それからもう一度、義父上に考えて頂きたいのです・・・アデラインのことを」
「セス・・・?」
「お願いします・・・デビッド」
かつてこの屋敷で仕えた執事の名前を口にする。
義父は驚いたように顔を上げた。
扉の向こうから、一歩進み出る人影。
「・・・かしこまりました。私が知っている事でよろしければ、お話しさせていただきます」
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