二度目の散歩のその後に
初めて三人で庭を歩いた時よりも、はるかに気まずく感じるのは何故だろう。
義父は、今回もちゃんと約束を守り、部屋で僕たちの迎えを待っていてくれたけれど。
前回と同じようにアデラインが義父の手を取り、導くように並んで歩く。
僕も勿論、色々と話題を提供して会話が途切れないように横で気を遣って。
でも、どこか前よりも僕たちはギクシャクしていた。
原因は明白。
今だに見ることが出来ていないあの絵。
白黒つけるのが怖くて、何もしないまま、ただ毎日を過ぎ行かせたせい。
「お父さま。こちら、わたくしが焼きましたの。よろしかったら召し上がってみて下さい」
ここ二週間、何回も練習した紅茶葉入りクッキーを、アデラインはそっと義父の掌に乗せた。
うむ、とぎこちなく頷いて、義父はそろっと口に入れる。
「・・・美味い」
「ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいですわ」
そう答えると、アデラインはまだ義父が見ることが叶わない愛らしい笑みを浮かべた。
それから「その後すぐに紅茶を口に含むと、また味わいが変わるのですよ」と義父の手をカップへと導く。
ひとくち口に含んで、満足そうに頷いた義父に向かって僕は口を開く。
「そのクッキー、アデラインは二週間前から練習していたんですよ。義父上から散歩のお誘いの手紙を頂いた後にすぐ、そのクッキーを作ってみようと思い立ったみたいで」
「セス・・・ッ」
「・・・そうなのか?」
恥ずかしそうにアデラインは僕を止めようとしたけれど、義父は構わず問いかけた。
「え、と、はい。せっかくなので、美味しく召し上がって頂きたくて」
「・・・そうか」
「ノッガー産の茶葉をふんだんに使って作ったんですって。独特の香りが良いですよね。当たり前ですけど、紅茶との相性もばっちりですし」
「・・・」
「これを食べると、なんだか心がほんわかしますよね。アデルの優しさがたっぷりこめられてるいるからかな」
「・・・ああ」
外での茶会にふさわしく、緑に映えるオフホワイトのテーブルクロスが敷かれたテーブルの上に、こんもりと美味しそうに皿に盛り付けられたクッキーに手を伸ばす。
一つ摘み、歯を立てれば、さくりという気持ちのいい音がして、口の中でほろりと解けた。
一度、目を瞑りその余韻を味わって。
よし。
目を開いて、斜め前に座る義父を見た。
「そういえば、アーリン夫人は・・・義母上は、やはりアデラインのように菓子作りがお好きな方だったのですか?」
空気が一瞬、固まる。
でもひやりとする感覚では、ない。
「・・・」
「最近、気がついたんですけど、あまり義母上のお話を聞いたことがなかったな、と思いまして」
当たり前だけどね。
そもそも義父とでさえ、この七年あまり、ろくに会話がなかったんだから。
「・・・」
「アデラインによく似ているようですし、やはりこんな感じで手作りの品を食べさせてもらったりしてたんですか」
義父の隣にいるアデラインがハラハラした様子で僕と義父の顔を交互に見る。
大丈夫だよ。
やり過ぎないように気をつけるから。
「・・・いや、アーリンは料理が不得手だったから」
ぽつりと溢れた義父からの返答に、アデラインが目を瞠る。
僕は、ただ黙って続きを促した。
「一度だけ・・・あったな、そういえば。消し炭みたいなクッキーを食べたことが」
「消し炭」
思わずと言った風に呟きを漏らしたアデラインが、慌てて口を押さえる。
「ああ。こっそり捨てようとしていたから、捨てるくらいなら私が、と言って食べたんだが」
あれは苦かった、と続いた言葉に、僕もアデラインもつい笑ってしまった。
「・・・もう一つ、もらえるか?」
そう言って上に向けた掌に、アデラインがクッキーを乗せる。
「お菓子作りが下手なところは、お母さまに似なくて良かったですわ」
美味しそうに食べる義父を見て、アデラインはそう言い、義父もそうだな、と苦笑した。
その後も、ぽつりぽつりと夫人との思い出をいくつか語ってからお茶会は何事もなく終わる。
そして驚いたことに、義父はそのまま例の部屋に行くと言い出したのだ。
だからこのまま連れて行ってくれ、と。
僕とアデラインは、思わず互いに顔を見つめ合う。
「お父さま。あの、例の部屋とは」
戸惑いながら発せられたアデラインの問いに、義父は静かに答えた。
「ああ。お前の肖像画が置いてあるあの部屋だ」
やはり駄目かもしれないが、いつまでも逃げているよりは、と義父は続けた。
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