後がない、余裕もない



これしか思いつく手がない。


そんな考えが、これほど妨げになるとは想像もしていなかった。



結局、義父は絵が完成してから五日が経った今もまだ、あの一枚の布を引くことが出来ずにいる。


そして、そんな義父の恐れは、残念なことに僕が理解出来るものでもあって。



だから、最悪の展開を想像して動けなくなっている義父に、何と言葉をかけていいか分からない。


前に進んで欲しいのに、楽観も出来なくて、だから結果が出るのが怖いのだ。



「はぁ・・・」



必然、こちらも意味もなく思案に耽る時間が増えるし、それはもちろん周囲の目にも。



「随分と元気がないようですけど、セスさまもアデラインさまもお身体の調子がお悪いのですか?」


「・・・いや」



周りにもバレバレとか、もう。


こんなに影響されるとは、それこそ予想外だ。



「ええと、ごめんね。大丈夫、ちょっと考え事してただけだから・・・どれどれ、今日は目録の確認だったよね、サシャ嬢?」


「はい、こちらになります。どうぞ」



そうなのだ。


今日は、ニ月後に控えたアンドレとエウセビアの結婚式に贈るお祝いの品の目録の最終確認をするためにサシャが来ている。



そして、何故か。

何故か、奴が。


行動が早いと言うか、誰の指示によるものなのかを考えるのも無駄というか。



「ちなみに、こちらが他家の祝い品の目録をリスト化したものですが、よろしければどうぞ。同じ品や似たものが含まれていない事は確認済みです」


「ああ、はい・・・どうも」



サシャの隣に、まるで相棒のように控え、リストを差し出してきたのは、そう、奴である。



・・・確か前に会った時には、商会員の一人ぐらいにしか認識されてないって、言ってなかったっけ?



少し長めの茶色の前髪に、柔らかい印象の茶色の瞳。理知的な銀縁の眼鏡の。



「・・・今日は、ルドヴィック令息も一緒なんだね」


「ああ、はい。そうなんです。ちょっと仕事絡みの事情で、しばらくビジネスパートナーとして一緒に動くことになりまして」



当分はこの形態でよろしくお願いします、と律儀に頭を下げるルドヴィックに、トル兄は本当に仕事が早いな、なんて感心してしまう僕だった。



そうこうする内に最終確認と配送の手配などの話し合いが終わり、一息ついたところで他愛無い雑談に入った。



「あ、それについてはですね」


「サシャ嬢。アデライン嬢は、まだ他にもご希望がおありの様ですよ」


「わわ、すみません、つい。あの、先にご意見を聞かせていただきますね」



目の前の光景に、僕は目を瞠った。



へえ。


今日は、横にルドヴィックがいるせいか、サシャがあまりぐいぐい来ない。


サシャが商品をプレゼンする前に、まずルドヴィックがこちらの意見を努めて引き出そうとするからか、いつもよりもゆったりした気分で話が聞ける。



--- 彼女の隣でしっかりと進むべき方向を定めてあげられる人がいたらいい ---



ふと、トル兄の言葉を思い出す。



そして、ああ確かに、と思ったのだ。



そうだ。


確かに、このくらいのペースの方が顧客の印象も良くなるし、長期的に見れば売り上げも変わってくるだろう。



何より、二人は一緒にいて楽しそうだ。


見たところ、サシャはまだルドヴィックに人として好感を持った、その程度かもしれないけれど。


ルドヴィックは蕩けそうな笑みを浮かべ、サシャを見つめている。



確かに、この二人は相性が良いのかもしれないな。



本当に、人の恋路というものは、何が正解か分からない。



とりあえず、知ったかぶりをして適当なアドバイスをしたりしなくて良かった、と心から思う。



そんな風にあれこれ思いながら彼らを送り出したのは、それから半刻後。



さて、そろそろ頭を切り替えなきゃ。


いよいよ明日に迫った二回目の義父との散歩のこととか。


今となっては、問題を解決する糸口と言うよりは、もはや地雷原と化した気がするアデラインの肖像画とか。


まだ考えなきゃいけないことは沢山あるんだ。



いつまでも逃げてばかりではいられない。


アデルのためにも、なんとかして前に進まないと。



・・・よし。



そんな決意を新たにした時、ショーンが手紙を手に現れた。


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