お茶会のその後に



義父が、アデラインお手製のクッキーを三枚食べ、微かに口元を緩ませた後。



あれから茶会は無事に終了し、僕たちは義父を部屋に送り届けた。



扉が閉まる音と共に、僕たちはそれまで詰めていた息を吐く。


知らず、身体に力が入っていたようだ。



隣を見れば、うっすらと頬が赤く染まったアデルがいる。



「・・・良かったね」



クッキー、喜んでたね。



僕がそう言えば、アデラインは嬉しそうに頷いた。




「・・・まあ、僕の方がずっとたくさん食べさせてもらってるけど」



大人げない対抗心から、みっともなくもそんな言葉がつい零れる。



味見役を買って出て、試作段階から何枚も、そうそれこそ何十枚も、僕は美味しく楽しく食べさせてもらっていた。



義父上は、きっと本人が言う通りに大層苦しんできたのだろう。


娘にだけはバレたくない、バレるくらいならいっそ憎まれた方がましだ、そんな風にまで思いつめて。



そんな風には義父の苦しい背景事情を思い遣ることは出来るけれど。


いかんせん僕はアデラインの味方一辺倒だから、僕の親切は義父上に対しては底なしじゃない。



だから。


どれだけ子供っぽいと言われようと、心が狭いと言われようと、クッキーは三枚が限度だった。



早起きして、何回も試作して、失敗してはあれこれ悩んで、成功しては笑って。


そんなアデラインの努力の賜物を、そう簡単に全部渡すわけにはいかないと思ったから。



だって、美味しかったでしょう?  


それだけ貴方のことが好きなんですよ、アデラインは。



少し早く帰って来るようになりましたね。


「おはよう」と「お休み」と「行ってくる」の一声は出るようになりましたね。


土曜日の約束を守ったことも、頑張ったと思います。



でも。


でもね、まだまだ。


こんなもんじゃ許せません。


アデラインが泣いた十一年間を、これくらいじゃ許せないんです。



だからどうか。


どうか、もっと頑張ってください、義父上。



感覚が歪むのは苦しいでしょう。


意識が塗り替えられそうになるのは怖いでしょう。


娘を忘れるのではと恐ろしかったのでしょう。



ずっとずっと不安だったのは分かります。



それでも、一歩踏み出した甲斐はあったと思うんです。


アデラインの顔がまだ見られなくても、手をつないで歩けた。


アデラインが貴方のために作ったクッキーを食べられた。


「今度また時間がある時に是非」と次回の誘いも受けた。



ねえ、義父上。


貴方は目を瞑っていたから知らないでしょう。


アデラインはね、とても嬉しそうに笑っていたんですよ。



義父上。


貴方の役目は、僕には出来ない。


アデラインの父親は、貴方しかいないんだから。


だから、少しずつでもいい。


もっと頑張って欲しいんです。



そうしたら、ね?



この美味しいクッキーを、もっとたくさん食べられるようになりますよ。


次はもう少し残しておいてあげますから。




僕は包みを開き、中からそっと一枚つまんで口に入れた。



甘くて、ちょっとほろ苦い。



おかしいな、焦げてるわけでもないのに。


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