そして土曜日がやって来た



「もう少し右ですわ。はい、そこです。ではどうぞ、そのままお座りください」


「・・・うむ」



義父は、アデラインに手を取られ、導かれるままに椅子に座った。


もちろん眼は瞑った状態で。



金曜の夜に帰って来た義父は、土曜日になっても約束の3時になるまで自室から一歩も出て来なかった。


正直、僕は義父が窓から逃げたんじゃないかと疑ってたくらいだ。



だけど時々ショーンとか他の使用人たちが出入りしてたから、多分そこで食事とか何だとかしてたんだろう。



いや、それも正直どうかと思うんだけどね。


前回の話し合いがなかったら、確実にまたアデラインが勘違いして落ち込む案件になってたと思う。



まあ今は、そんな風には思ったりはしないよ。



僕もアデルも、なかなかメンタルが強くなってきたからね。


だけど。


これも義父がせっせと僕たちを鍛えてくれたお陰・・・なんて思うほど、僕は優しい性格をしていない。



実はちょっと義父の相手をするのが面倒くさいとか思ってるのは、アデルには内緒。



だって、アデルは朝からずっとそわそわしっぱなしなんだもの。


いや、違うな。

昨日の夜からか。


義父がちゃんと帰って来たのを見て、それでいよいよ次の日のお散歩が現実味を帯びたのだろう。


あからさまにウキウキしていた。



本音を言うと、ちょっと悔しい。


実の父親だからそれが普通だと言われればそうなんだろう。


そうなんだろうけど。



誤解に誤解を重ね続けてしまったとはいえ、義父がたくさんアデラインを傷つけてきたのは事実だ。


本当は嫌っていなかったけど、それでもアデラインは何年も辛い思いをしていた。


僕はまだ忘れてはいない。


この屋敷で、初めてアデラインに会った時の、あの感情が抜け落ちた顔を、僕は忘れてはいないんだ。



アデラインは許してるけど。


当事者はアデラインなんだけど。


勝手に義父を思い切り殴らせてもらっちゃったけど。



それでもまだ。


僕は自分の中の感情を消化しきれてない。


僕はアデラインみたいに優しくないから。



だから、今もまだちょっと。


ちょっとだけ義父のことを怒ってるんだ。



でも、アデラインの気持ちが最優先だからね。


だから今日だって、いや、いつだって協力するよ。

君の望むことならば何だって。



約束の散歩の後に、少しの時間だけでもと庭にテーブルと椅子を用意して、茶葉や菓子を選んでいた姿を見ていた僕は、当然、協力するしかないじゃないか。



という訳で、ただ今、絶賛お茶会中である。



「お父さま。手でつまんで食べられるものばかり準備しましたの。手を差し出して下さればお乗せしますわ」


「・・・いや、そこまでしなくても」


「そうですよね、もっと簡単に食べる方法がありますものね。義父上が口を開けて下されば良いのです。ほら、僕が食べさせてあげましょう」


「・・・いや」



義父はおずおずと言葉を継ぐ。



「やはり手に乗せてもらおう」



ふふん。


計画通り。



ほくそ笑む僕をよそに、義父はそろそろと右手をテーブルの上に伸ばした。


アデラインは嬉しそうに、菓子の一つを義父の掌に乗せる。



義父はそれを口に入れると、一言、「美味い」と呟いた。



花が咲くような笑顔をアデラインが浮かべた事に、目を瞑っている義父は気づかないだろう。



あ~あ、勿体ない。


アデラインの笑顔が見られないなんて、もの凄く勿体ない。



こんなに、こんなに、可愛いのにな。



僕は貴重なアデラインの笑顔を堪能しながらも、フォローを兼ねたちょっかいの言葉を口にするのを忘れない。



「今、義父上が召し上がったクッキーは、アデラインが今朝早起きして作ったものなんですよ」


「・・・」


「すごく美味しいですよね。僕なんかもう七個も食べちゃいました。ああ、皿にはあと二個しか残っていませんね。これも僕が食べちゃっていいですか?」


「・・・」


「じゃあ、頂きま・・・」


「わ、私が」



僕の言葉を遮った義父は、再び右手をテーブルに乗せる。



「私が・・・もらおう」


「お父さま・・・」


「早く乗せなさい」


「は、はい」


「じゃあ義父上と僕で一個ずつもら・・・」


「お前は七個も食べたのだろう。もう十分だ」


「・・・分かりました」



僕はアデラインに、軽く肩を竦めてみせた。



アデラインはとても、とても嬉しそうに笑っている。


義父に聞こえない様に、声は殺しているけれど。 



僕もまた、静かにアデラインに笑ってみせる。



良かったね、アデライン。


早起きして頑張ったかいがあったね。



残り二つのクッキーを無事にゲットした義父は、至極満足そうにしてたけど、あの様子ではきっと気づいていないな。



皿の上に残っていたのが二枚だったというだけで、厨房に行けばまだまだ焼き立てのクッキーがあるということを。


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