腑に落ちる



「正直、最初にキャスから話を聞いた時は、何ていうムチャ振りをと思ったけれどね。話し合いの場を設ける程度なら、お節介の範疇で収まるかなとも考え直してね」



良い方向に進んだのなら良かった、と穏やかに微笑むこの方が、僕たちがいるこの国の次の王になるのだなぁ、なんて思ったら、妙に嬉しくなった。



「二人とも、前に夜会で会った時よりも、ずっといい顔になったみたいでほっとしたわ」



王太子妃殿下も、嬉しそうに頷いた。



「お気遣いありがとうございます」



本当に、今回は妃殿下の行動力に助けられたと思う。



中庭で声をかけられた時はびっくりしたけどね。



でも、お陰で10年以上拗れていた義父とアデラインとの関係がようやく解けはじめた。



義父の不器用で分かりにくい愛情の形を理解出来るかもしれないって、希望が持てる様になったのは、今回の事が大きかった。


だから、心からの感謝をお二人に。



「ルシオン王太子殿下、そしてキャスティン王太子妃殿下。この度は僕たち家族のためにお心を砕いて下さり、誠にありがとうございました。お力添えに心から感謝します」



僕は深々と頭を下げた。

隣にいるアデラインもまた同じく。



「そんなに畏まらないでいいよ。私はただ、キャスの願いを聞いて場所を提供しただけなんだから。面白いものも見られたしね」


「あら、何ですの? 面白いものって」



王太子殿下のお言葉に、問い返したのは妃殿下。


殿下は右の頬をつんつんと指でつついて、意味深に笑う。



「けっこう赤くなってたけど、後で腫れなかった? あまり酷い痣にはならなかったみたいだったけど」


「あ~・・・まあ、ちょっと赤くなってました、かね?」


「君の手の方は?」


「ええと、その日に少しだけ」


「あら、なぁに? もしかして貴方、エドガルトを殴ったの?」



この話題に食いついたのは、もちろん妃殿下だ。



「私も直接は見てないけどね。部屋に入る前には何ともなかった頬が、出て来る時には赤くなってたのだから、まあつまりはそういう事だろう?」


「ええと、はい。そうなりますかね」



僕は、理由もなく体を縮こませながらそう返事した。


ここで僕の立場を慮ったアデルが声を上げようとして。



「あの、セスはわたくしを心配して・・・」


「良くやったわ、セシリアンさん!」



そんな不安は無用だった事が速攻で証明された。



「「・・・へ?」」



キャスティンさまは、がっちりとアデラインの両手を握り、ぶんぶんと振っている。



「エドガルトは昔から言葉が足りない人でしたの。アーリンさまに関する事以外は本当に人間関係に無頓着で」


「仕事面では有能なんだけどね。人にどう思われようと気にしないというか何というか、とにかく方向がズレているというか」



性格は悪くないんだけどな、と苦笑しながら続ける様に、きっと義父は城でも我関せずでマイペースに行動しているに違いないと容易に想像出来る。



「だから安心したんだよ。夜会で君たちと話が出来てね」


「そうなのですか?」



安心したようにそう言った殿下に、正直、僕たちは驚いた。



だけど、それから直ぐに、ああ成程、と合点がいったんだ。



王太子殿下にとって、アデラインの両親はきっと、どこか他の人たちとは違っていたのだろう。


初恋とは、きっと少し違う。


義父にライバル心を燃やしていた訳でもなさそうだ。


だけどきっと。たぶん。


ただの友人とか、憧れの人だとか、臣下の一人とか、そういう括りには入りきらない、特別枠に入る存在だったのかもしれない。



だからわざわざ、あの時の夜会で黒歴史を披露してまで、僕たちに近づいてくれたんだ。



「本当はね、君たちのデビュタントの時に声をかけようと思ってたんだ。でも、うちのおチビさんが・・・マデリーヌが熱を出してしまってね。キャスも私も、最低限の社交だけして直ぐに部屋に戻ってしまったものだから」



でも、とルシオンさまが続けようとした時だ。


僕の背後にドスンと衝撃が走った。



「あ~あ、もう戻って来ちゃったか・・・」



呆れたような口調で僕の背後を見つめるルシオンさま、そこから何かを感じ取った僕は、ゆっくりと振り返る。



「セス~。お話はおわった?」


「せす~。おわった?」



可愛らしい笑顔で、二人の殿下が僕を見上げる。



苦笑しながらお二人を抱っこすると、二人の後を追いかけていたのだろう、レクシオさまが現れた。



「すみません。セシリアン殿、どうやら弟と妹は貴方がとても好きな様で・・・」


「いえ、光栄です」



と、にこやかに返事をしたくせに、すぐにモヤっとした感情に襲われる。



レクシオさまの視線が、もうアデラインに移っていたからだ。



ああ、あんなに嬉しそうにして。

ぱっと頬を染めるレクシオさまは、悔しいけど可愛らしいぞ。



少し不安になった僕に、王太子殿下と妃殿下が安心させる様にこくりと頷く。



そして、妃殿下がおもむろに口を開いた。



「レクシオ。こちらのアデライン嬢とセシリアンさまはね、義理の姉弟でもあるのだけれど、幼い時からの婚約者同士でもあるのよ。来年には結婚なさるんですって」


「え」



うわ、言っちゃうんですか。


言っちゃうんですね、そんな真正面から。



まさかここで修羅場とかならないよね?



と、焦ったのも束の間。



レクシオさまの表情は、相変わらず嬉しそうなままで。


僕はそこで、あれ?と思って。



そうしたらレクシオさまはこう続けたんだ。



「そうですか。それは楽しみですね」



え?


なんか、思ってたのと違う。



「アデライン嬢なら、きっと花嫁姿もお綺麗なことでしょう。セシリアン殿も式が楽しみなのではないですか」


「・・・あ、はい。その通りです」



式は楽しみにしてるけど。


先に結婚するアンドレに嫉妬するくらい待ちわびてるけど。


何か調子が狂う。


心配いらないって言ってたのは、こういうこと?



「セシリアン殿が羨ましいです。僕も将来、アデライン嬢の様な可憐なご令嬢と婚約出来るよう、精進しなくてはいけませんね」



純粋な憧れだから、恋とは違うから。



・・・ああ、なるほど。



ここで、僕はすとんと腑に落ちたのだった。


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