少しずつ変わる、少しずつ変える



「・・・おはよう」



朝、食堂で朝食を食べる僕たちに、扉の隙間から声がかかる。



照れくさいのか、恥ずかしいのか、それとも目を瞑りたくないのか、朝の挨拶をする時に、義父は扉をちゃんと開けない。



少しだけ、髪が扉の陰から覗くくらいのちょっとした隙間。



そこから義父の声が聞こえてくるのだ。


すぐに扉は閉まってしまうし、顔も見えないけど。


でも、確かにアデラインに向かっていて。




そして、登城の際も、エントランスで馬車を待つ間、僕たちは少し後ろで義父を見送る。



後ろ姿なら義父も普通にしていられるし、後は馬車に乗るだけなのだから何事かが起きる筈もない。



僕たちがする事と言ったら、後ろ姿に声をかけるだけ。


それに応えて、義父が小さく「行ってくる」と返すわけだ。



こんな感じだから、結局、義父の顔をろくに見ない生活は続いているのだけれど。


それでも。


ちらりと姿を見かけたり、一言でも声が聞けたり、目を瞑ってではあるが会うことが出来たり。



それが、アデラインにはきっと。


とても、とても、嬉しいのだ。



そして、そうこうしているうちに、次の散歩の予定が組まれた。



例によって、義父から日付けが知らされて来たのだ。



書かれていたのは、前に散歩した日からちょうど二週間後。



月イチでもいいかと思っていたけど、ひと月に二回なんて、義父が無理をしていないかと却って心配だ。



張り切るのは構わない。


でも、しわ寄せがアデルに行ったりしたら困るんだ。



やっと見られた、掛け値なしのアデラインの笑顔。


それをずっと側で見ていたいから。



まあ、僕に出来る事は限られているしね。


今はとにかく試食係を頑張ろうかな。



そう、試食係。


これはとにかく楽しいお仕事だ。



アデラインが作ったものを一番に食べられるし、美味しいし、楽しいし、役得だし、もう言うことなしってやつだよね。




・・・なんて悠長に構えていた頃が懐かしい。




いつも思うんだけどさ。


どうして用事とかトラブルとかって、時間をおいて順序よく来てくれないのかな。


たいていの場合、やる事がある時に限ってごちゃっとまとめてやって来るよね。



しかも、今回の用事は全くの想定外。



「こ、こんにちは・・・」


「・・・ようこそいらっしゃいました」



僕は目の前の、テーブルに着いた相手を見て、ひっそりと溜息を吐いた。



実はこの人のことを僕はろくろく知らない。


なんなら話をした事も殆どない。と言うか、たぶん一度もない。



だけど、こうして正式にアポイントを取ってから訪問されてしまっては、たとえ意図が分からずとも、よく知らない相手であっても、断りようがないんだよ。



「・・・それで、ご用件は何でしょう」



僕は、面会を申し込んできた相手であるルドヴィック・トルソー子爵令息に問いかけた。



「あ、あの」



ルドヴィック令息は、銀縁の眼鏡をクイっと押し上げると、やおら深々と頭を下げた。



突然に面会をねじ込んできた人物とは思えない。



なんだ、この腰の低さは。



「セシリアン・ノッガー令息。今日は・・・き、貴重なお時間を取っていただき、まことに、ありがとうごさいま、しゅ」


「・・・」


「・・・」



一瞬で、ルドヴィック令息の顔が、いや顔だけじゃなく耳まで。


真っ赤に染まった。




・・・いや、「しゅ」って何だよ。

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