嘘は吐けないと言うのなら
--- あの子に嘘は吐けなかった ---
僕は、頭に血が上るのを感じた。
・・・何を言ってるんだ、
避けていても、気遣ってはいると思っていた。
会わないようにしていても、気にかけてはくれていると。
なのに、蓋を開けてみれば。
「・・・アデラインに嘘は吐けない、それはつまり、アデラインが聞いた通りのことを貴方は言ったという事ですね・・・そしてそれが貴方の本心であると、そういう事ですか?」
「・・・ああそうだ」
僕はぐっと拳を握り込んだ。
「では、本当に・・・本当に貴方は、アデラインを見るのも耐えられないほど、嫌っていると、そういう事なのですか・・・っ?」
「・・・いや、それは違う」
義父は視線を下に向けたまま、聞き取れるか聞き取れないくらいかの小さな声でそう答えた。
「違うとは?」
「私はあの子を嫌ってはいない」
「・・・本気でそれを仰っているのですか?」
「ああ。だがお前は、私の言っている事がおかしいと思うだろうな・・・いや実際、私はおかしいのだ。あの子の存在を頭から消してしまうなど」
「・・・義父上?」
エドガルト・ノッガーは両手で頭を抱え、軽く左右に振った。
まるで自分の頭の中にあるものを振り払うかのように。
「・・・セシリアン。お前はあの子と話せと言ったな。そして私はそれは出来ないと答えた。あの子が傷つくから、と」
「ええ。実際にアデラインは傷つきましたね」
「違う・・・まだだ」
「え・・・?」
「まだ全ては告げていない。前にあの子に言ったことはその一部だ。あの子は部屋にまで来てしまったからな。何か答えない訳にはいかなかった」
義父は、何か諦めた様な表情で僕を見た。
「私の思っていることの、ほんの一部を言っただけであの子は傷ついたのだ。なのにどうしてお前は私を追いかけて来た? 更に全てを私の口から吐き出させて、あの子をとことん追い詰めたいのか?」
「義父う・・・」
「あと一年もすればお前とあの子は結婚する。そうしたら私はあの屋敷を出る。だったら、言う必要がないだろう? 敢えてあの子が傷つく様なことを何故・・・っ、ぐっ!」
気がつけば、僕は立ち上がっていた。
鈍い音と共に、義父が椅子から転がり落ちる。
「・・・ああ、大丈夫ですか、義父上?」
僕は握っていた右手拳をぶらぶらと左右に振りながら、義父に尋ねる。
「すみません。うっかり拳が滑りました」
義父が左頬を押さえ、口をぽかんと開けて僕を見上げている。
「う、うっかり・・・?」
「ええ。うっかり」
「・・・」
失敬な。そんな顔で僕を見ないで欲しい。
殴った方だって結構痛いのだ。
慣れないことをしたものだから、右手拳がすっかり赤くなってズキズキする。
「お前、養父に向かって何を」
「ですから、すみませんと先ほど申し上げました。ですが僕はアデラインに見栄を張って大口を叩いて来ましたので仕方ないかと」
言葉遣いは丁寧だけれど、まったく悪いと思っていない事は丸分かりだろう。
義父はただおうむ返しに僕の言葉を口にするだけだった。
「見栄を張った? 大口?」
「ええ」
僕はにっこりと笑いかけた。
アデラインが陽だまりの様だと褒めてくれた自慢の笑顔だ。
今、目の前の義父が同じ様に思ってくれているかは分からないけれど。
「アデラインに約束したんです。僕が代わりに義父上を殴ってあげるって」
「・・・」
「だから先ほども申し上げました。殴る覚悟は出来ている、と」
黙り込んだ義父の前で、僕は再び腰を下ろした。
「教えてもらいたいのですが、どうしてアデルに嘘を吐かなかったのですか?」
「・・・は?」
「アデルに嘘は吐けない、と貴方は仰る。傷つけたくないから彼女を避ける理由を言いたくないとも。そしてアデルがわざわざ部屋まで聞きに来たから、ダメージが少ない様にと一部だけを話して聞かせた、そうですよね?」
「あ、ああ」
「ではもう一度、お聞きします。どうして嘘を吐かなかったのです?」
「だから、あの子には嘘を・・・」
「アデルのダメージを心配するなら、最初から最後まで嘘を吐き通せば良かったんです。大事に思っている、大切だと。視界に入れるのも嫌だったなら手紙でもよかった。忙しくて会えない、でも愛している、そう書くだけで良かったのです。アデルならそれを信じて屋敷でひとり頑張ってくれたでしょう。なのに義父上、貴方はそうしなかった」
「・・・」
「・・・僕は怒ってます、義父上。なにが『嘘は吐けなかった』だ。それで気が楽になるのは義父上だけでしょう。嘘を吐いてくれた方がよっぽどマシでしたよ」
「セシリアン、お前・・・」
「義父上。大切な事ですから、もう一度言いますね。僕は怒ってるんです・・・ものすごく。ええ、ものすごくね」
自分でも、こんなに怒れるんだとビックリするくらいだけど。
「義父上がアーリン夫人を愛してらした様に、僕もアデラインを深く愛しているのですから」
僕をアデルの婚約者に選んだのは義父だというのに何故だろう。
義父は今さら、僕のこの言葉に息を呑んだ。
「僕の大事な人を傷つけた貴方を許せないと思うのは当然でしょう」
義父は、二度、三度と目を瞬かせる。
「義父上。僕はおかしな事を言っていますか?」
「・・・」
義父は、ゆっくりと首を左右に振った。
「・・・おかしくない」
小さな声。
でもはっきりと聞き取れた。
「お前の言ってる事はおかしくない」
噛み締めるように。
自分に言い聞かせるように。
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