嘘は吐けない



「・・・」


「・・・」



義父上、動揺してますね。


安心して下さい、僕もです。



だって、王太子ですよ?


まさか、いくら何でも王太子殿下が出て来るとは思わないじゃないですか。


しかも、王太子殿下の執務室に備えられた会議室で義父と対面とか、何をどうしたらこうなるのか。



キャスティン王太子妃殿下、無双過ぎですよ。



ここで義父がようやく口を開いた。



「・・・一体、何がどうなってこうなった?」



あ、同じことを思ってますね。



「それはですね・・・僕も正直、よく分からないんですが」



しかめ面の義父に、愛想笑いも勿体ない気がした僕は、珍しく真顔で返答した。



「まあ、強いて言えば、義父上が素直に僕に会って下さらなかった事が一番の理由かと」


「・・・」


「僕が会いに来た理由は、もう分かってらっしゃいますよね」


「話があるなら、屋敷に帰った時にすれば良かっただろう」


「義父上がそれを仰います? もう十日以上、屋敷に戻っていないのに」


「・・・」


「しかも、城まで会いに来た僕に、なんやかんやと理由をつけてろくに時間も取って下さらないとあっては」


「・・・」


「念のために言っておきますが、僕から王太子に何か申し上げた訳ではありませんよ? 城で義父上を待っていた時に、たまたま王太子妃殿下にお声をかけて頂いたのです」


「・・・妃殿下?」


「ええ」



僕は、ゆっくりと頷いた。


妃殿下の行動力を、義父も知っているのだろう。

表情に微かな動揺が見られた。



「詳しい事情は話しておりません。妃殿下は、思春期によくある親子のすれ違い程度にしか思っておられないでしょう・・・今のところは」



義父の態度によっては、状況が変化し得ることを暗に示す。



「ですが、どうして城までわざわざと問われれば、義父が戻って来ないからと答えるしかありません。さすがに十日も帰っていないと聞いて、妃殿下が動いて下さった訳です」



僕は口を噤み、義父の顔を真正面から見返した。



義父は僅かに俯いて、少しの間考え込んでいた。



「あの子は・・・アデラインは、きっと泣いたのだろうな・・・」



酷く悔いるような口調に、僕はまた義父の矛盾を感じた。



「・・・泣いていませんよ」


「え?」


「アデラインは泣いていません。まだ泣く余裕もありません。そうですね・・・僕が養子に入った頃のアデラインに少し戻ってしまっているかもしれません。その頃の彼女を義父がご存知かどうかは分かりませんが」



義父は苦笑を浮かべながら顎を撫でた。



「・・・今日は随分と遠慮がないな」



当たり前でしょう。



「遠慮してもらえると思っていたんですか? これでも僕は怒ってるんですよ?」



僕は握り拳を顔面に掲げた。



「アデラインのためなら、貴方のことを殴る覚悟も出来ています」



至極真面目にそう告げたのだが、義父はそんな僕をちょっと間抜けな表情で見つめ、それからぷっと吹き出した。失敬な。



「・・・あの子の婚約者にお前を選んで正解だったな」


「え?」


「ちゃんと守ってくれてるじゃないか」


「・・・それはまあ、当たり前じゃないですか」



僕はアデラインの義弟であり、婚約者であり、そしてなんと言ってもアデラインの事が大好きなんだから。



しばらく肩を震わせた後にようやく落ち着いた義父は、深く息を吐き出してから口を開いた。



「・・・済まなかったな。いろいろと悩ませて・・・だが、それでも」



義父は一旦、言葉を切り、一つ息を吐いた。


それから、決意したようにこう続けた。



「あの子に嘘は吐けなかった」

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