強運の持ち主
「そのようなお顔をなさって・・・そんなにセシリアンさまがご心配ですか?」
頬に手を当て、首を傾げたエウセビアが、柔らかな声で問う。
「そう・・・ですね。心配なのでしょうか。こんなにセスと離れるのは、本当に久しぶりで・・・」
アデラインは心細げに俯いた。
「セスが前に父と一緒に領内視察に向かった時以来かしら。わたくしたちは、いつも一緒に過ごしていましたから」
「そうですわね。ふふ、アデラインさまとセシリアンさまは本当に仲がよろしくていらっしゃるから」
くすくすと笑うエウセビアに、アデラインが頬を染める。
アデラインの表情には、まだぎこちなさが残る。
それでも、エウセビアの前では、普段に近い状態で話す事が出来る様だった。
「エウセビアさまにもご迷惑をおかけしてしまいましたね。わたくしが不甲斐ないせいでこうして毎日おいで頂くことになってしまって・・・」
「何を仰いますの。当然の事ですわ。アデラインさまは大切なお友だちですもの」
エウセビアはそれまで話の傍で刺していた刺繍を横に置き、アデラインの側に行った。
「詳しい事情は存じませんし聞こうとも思っておりませんが、友人とはこのような時のためにいるのです」
「エウセビアさま」
「せっかくアデラインさまのお友だちになれたのですもの。どうかわたくしめを使ってやって下さいまし」
少しおどけた口調でそう言うと、エウセビアはアデラインの手を握った。
「・・・ありがとうございます」
「どういたしまして。それに、この機会を使って、こうしてアデラインさまに刺繍のアドバイスを頂けているのですもの。正直言って、わたくしは得しかしておりませんわ」
「得だなんて・・・」
「本当のことですもの。わたくし、刺繍はどうも苦手でして、でもほら、随分と上手になりましたでしょう?」
自分の刺した絹のハンカチを持ち上げ、嬉しそうに目を眇めた。
「これなら、漸くアンドレさまにプレゼントとして差し上げられますわ。もうずっと欲しい欲しいと催促されておりまして、プレッシャーに押しつぶされそうでしたの」
「まあ、エウセビアさまったら」
アデラインはくすりと笑った。
アンドレのことを話す時のエウセビアは、いつもよりも年相応になる。
少しだけ無防備で、感情が表に出るのだ。
アデラインは、そんなエウセビアを見る度に、彼女とアンドレの婚約が無事に決まってよかったと心から思う。
「・・・エウセビアさまは本当にアンドレさまをお慕いしてらっしゃるのですね」
「あら、それを言うならアデラインさまもでしょう? セシリアンさまといつも仲睦まじげになさって。昨日も、それに今日だってセシリアンさまはアデラインさまのために動いてらっしゃるわ」
「・・・そうですね」
アデラインは、自分の施した刺繍をそっと指で撫でた。
セスのイニシャルと家紋を組み合わせた、凝った意匠だ。
「・・・今日は父に会えているでしょうか・・・」
昨日は一日城にいてもずっと避けられ続けて会えなかったと聞いている。
エウセビアが取ってくれた時間は明日まで。
つまり、セスが予定を空けた期間もそこまでということだ。
どうして自分はあんなに父に避けられているのか。
その答えを知りたいとは思うけれど、同時に知るのをとても怖がっている自分がいる。
「セシリアンさまは強運の持ち主ですからね。もしかしたら、とんでもない偶然が重なってお会い出来ているかもしれませんよ?」
明るい声で、励ますようにエウセビアが言った。
「まあ、強運の持ち主ですか。そうだったらいいのですけれど」
「セシリアンさまを信じて待ちましょう。大丈夫ですわ、セシリアンさまは、アデラインさまのためなら空だって飛ぶお方です。もしかしたら今頃、お父さまを捕まえてらっしゃるかもしれませんよ」
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