溢れぬ涙



出会ったばかりの頃は、アデルは基本、無表情で。



驚いた時に僅かに大きくなる眼や、少し傾げた首、その他は口角がちょっとだけ上がったり下がったりするくらいで。



そんな些細な変化に気づいては、アデラインの感情を推察するようにしていた。



元々とても整った顔立ちをしてるから、ほとんど表情が動かない時のアデルは、それこそ人形のようだった。


もちろん、それはそれで可愛かったよ。


でもね。


あれから何年も経って。


やっと、素直に笑ったり泣いたり出来るようになったのにね。



僕はアデラインを抱く腕に力をこめた。



アデルにとっては、どちらがより辛かったのだろう。


実の父親に嫌われるのと、避けられるのとでは。



愛情を与えられなくなった今もなお、気づけば手を伸ばして求めてしまう。


もしかしたらと思ってしまう。

いつか、それは今か、と。


期待してしまう。

親だから、たったそれだけの理由で。


それは子どものさがだ。


愛されていた頃の思い出が蘇ったのなら、それに縋って願いを託したくなる気持ちも分かるよ。



だけどアデル、君は。


君はまた怖がってしまうのかな。



出会った頃の君に戻ってしまうのかな。



僕じゃ、頼りにならないかな。



「ね・・・アデライン」



腕の中のアデラインに、そっと話しかける。



「義父上のどの言葉が、一番辛かった?」



背中をぽんぽんと宥めるように叩きながらそう聞いた。


アデラインが一人じゃないと分かってもらいたくて。



「一番・・・辛かった、のは」



口にするのも嫌かもしれない。でも。


吐き出さなければ、アデラインがずっと辛いままだ。



「わたくしを・・・見るのも耐えられないって、仰ったことかしら」


「・・・そう」


「そう仰った時すら、わたくしから顔をそむけてらしたの」



眉が緩やかに下がっている、それだけしか変化がないアデラインの顔が、とても痛々しい。



だって、僕は知っている。


アデラインの事が大好きな僕は、よく知ってるんだ。



君は本来、とても泣き虫で。


情感が豊かで繊細だ。



そして自己肯定感がかなり低い。


自分に自信がないから、いつでも捨てられる準備をしている。



受ける傷を出来るだけ少なくしようと、捨てられる前に自分から離れるのだ。



僕との婚約もそうだった。


自分のことをいつでも捨てていい存在だと何度も言って、僕が途方に暮れた時もあったね。



そして今。


やっと、やっと、君は愛情を信じられるようになったのに。



「アデライン」



涙を流さないアデラインに、そっと話しかける。



「・・・辛かったね。よく我慢したね」


「・・・セス」


「僕も頭にきたからさ、今度、義父上のこと、アデルの代わりに殴っちゃおうかなかあ」


「・・・もう、セスったら」


「あ、信じてないでしょ、9割本気だよ」


「・・・残り1割は?」


「ん~? これでアデルが笑ってくれないかなっていう、希望を込めた冗談?」


「・・・」



ふ、と息が漏れたのが分かる。


もしかして、笑ってくれた?



「・・・セスは優しすぎるわ」


「そうかな? 優しすぎるのはアデラインでしょ? こんなに傷つけられても、まだ義父上のことを恋しく思ってあげてさ」



頭にそっとキスを落とした。



「僕、ヤキモチ妬いちゃいそうだよ」



今もまだ、父親を悪く言う言葉のひとつも落とさない僕の婚約者が、いじらしくて、大切で仕方ない。



ああ、体の強張りが少し解けてきたね。



もう一度、頭にキスを落とす。



今はまだ、涙を流すことも出来ない僕の大事な婚約者。


君の憂いが、どうかいつか晴れますように。



ねぇ、アデライン。


僕は心から祈っているよ。



どうか、君が安心して泣けますようにって。


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