静かな朝
取りあえず、アデルの部屋に向かった。
どちらにせよ、もう朝食の時間だ。
いつも部屋まで迎えに行ってから、一緒にダイニングに向かっている。
だから、今朝だってこうして部屋に向かっても、使用人たちは不思議に思うことはないだろう。
アデラインの部屋の扉の前には、困った顔で佇む侍女が一人。
アデルと一番仲の良いルシャだ。
「・・・あ、セシリアンさま」
僕を見てあからさまにホッとした顔をするルシャに、僕は自分の予想が当たっていることを悟る。
ルシャに合図をして扉を開けてもらい、そっと中を覘く。
支度を整えたアデルが、静かにソファに座っていた。
ベッドから出ることも出来ないのではと心配していた僕は、取りあえず身支度を整えていたことに安堵したのだけれど。
「アデル・・・? 僕だよ。入っていいかな」
「・・・勿論よ、セス」
それでも、ルシャが不安に思う何かがあった。
そしてそれが何だったのかは僕にもすぐに分かった。
静かすぎる。
表情が抜け落ちているのだ。
まるで昔のアデラインのようだ。
ショーンやほかの何人かの使用人たちは、この表情を知っている。
でもルシャは違う。
数年前にこの屋敷で働き始めたばかりだ。
昔のアデラインの様子について誰かから聞いたことがあるとしても、実際に見るのはこれが初めてだろう。
ルシャに扉前に控えているよう話してから、僕は中に入った。
アデラインに近づき、そっと膝をついて目の高さを合わせる。
アデラインは黙って僕と視線を合わせていたけれど、僕が笑むと困ったように僅かに口角を上げた。
・・・うん。
ぎこちなくとも、何とか笑うことは出来るね。
人形みたいに表情をなくしていたあの頃よりはまだマシなのかもしれないけど。
「・・・何かあった?」
話した方が楽になるし、正直とても気がかりなのは本心だ。
だけど無理に聞き出したくはない。
祈りに近い気持ちで、アデルを見つめると、アデルはほんの少し首を傾げて。
それから、ゆっくりと口を開いた。
「・・・夢をね、見たの」
「・・・夢・・・?」
「ええ」
そう言いながら目を伏せた。
「昔の夢よ。お父さまとお母さまとわたくし。三人で笑って、おしゃべりして・・・一緒に時を過ごすのが当たり前のような・・・そんな夢。いいえ、あれは夢ではなくて記憶、思い出だったのかもしれないわ」
「そう・・・」
「愛されていた時の記憶が、わたくしに夢を見せたのかもしれない・・・きっと、今もどこで父はわたくしをって・・・」
「・・・」
肩が微かに震えるくらいで、アデルの表情には然程の変化はなくて。
それが却って、アデルの押し込めた感情を表しているようで。
やっと、無邪気な笑顔を見せるようになったのに。
僕はそっとアデラインの手に自分のそれを重ねた。
「だからつい・・・お父さまのお部屋を伺ってしまったの」
僕の両手で包んだアデルの手は、固く握られていた。
「あんなに優しかったお父さまがどうして今は視界にも入れてくださらないのか、知らないうちにわたくしが何かしてしまったのか、それをどうしても知りたくて」
「アデル・・・アデライン」
「・・・わたくしを・・・見るのも耐えられないそうよ」
「・・・っ」
「だから、わたくしを視界に入れたくないのですって」
「義父上が・・・そう、仰ったの・・・?」
アデルはこくりと頷いた。
どうして。
どうしてそんな事を思うくらいなら。
そんな事を言うくらいなら。
僕にアデラインの側についてやってくれなんて頼むんだ。
どうして。
「わたくしは何かいけない事をしたのでしょうかってお聞きしたわ・・・でも、そうじゃないって。ただわたくしの姿を見るのが耐えられないのだと、そう仰って」
「アデル・・・」
「・・・父とわたくしは、互いに距離を取るのが一番幸せな道なのですって」
そんな言葉を口にしながら、アデラインは真っ直ぐに前を見つめていた。
アデルが涙すら浮かべてないのが却って悲しくて。
僕は思わず、アデラインを強く抱きしめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます