タイミングが分からない



唇にキスしてもおかしくないって、教えてもらえたのは良いものの。



次なる疑問が湧いて出た。


それは、いつ、どこでしたら良いんでしょうか。


キスのタイミングが分かりません。



ああ。


なんとなくトル兄の生ぬるい視線の理由が分かった気がする。



僕って、こういうのそれなりにちゃんと出来ると思ってた。


恋は怖くないよって、アデラインに教えられるのは僕だけだって、ちょっと自信もあったのに。



親愛の情を示すだけなら、人見知りをしない僕は最適なんだろう。


だけど恋人が示す愛情は。


男女の愛情を表す行為は、僕にはまだ未知の世界で。



ご丁寧にトル兄が線引きをして。


ここまでならセーフだよって、社交界で後ろ指をさされないラインを教えてくれて。



なのに今度はそれをするタイミングすら分からないって。



いやいやいや。

どれだけポンコツなの、僕?



どうする?


またトル兄に相談する?



でも何て言うんだ?


いつキスしたらいいんですかって聞くのか?



駄目だ、絶対ダメな質問だ。



そもそも他の令息はこんな時にどうしてるんだ?


一体どこでそんなことを分かるようになったんだよ。



・・・ああ、どうしよう。


ポンコツなアンドレが恋しい。



あいつに会って同じポンコツ同士で安心したい。




・・・そう思ってたのに、あっさりと裏切られた。



「は?」


「もう終わった」


「は?」


「だからもう経験済みだ」



アンドレとエウセビアが婚約の報告に来たのだが、エウセビアとアデラインが中庭に行った隙にキスの話を振ってみたら、そんな答えが返って来た。



「・・・は? だから経験済みって、何を?」



今、世界で一番信じたくない言葉を聞いた気がする。



「だからキスだ」


「え、っと・・・それはほっぺとか、だよね?」



アンドレは眉を思い切り顰めた。


あ、なんか懐かしいな、この表情。

昔のコイツはいつもこんな顔で僕のことを睨んで・・・



「いや、もちろん唇にだ」



そんなノスタルジーは一瞬で吹き飛んだ。



「は? はあぁぁぁっ?」



嘘だろ?


よりによってお前に先を越されたのか?



て言うか、もうキスしたの?


早すぎない?



「キ、キスしたっていつ? お前、婚約したばっかりじゃないか!」


「む?」



言われて小首を傾げる。



「・・・婚約を受けてくれた時?」


「婚約を・・・受けてくれた、とき・・・」


「ああ。なんだか嬉しくて、こう、堪らなくなって、その気持ちのままに抱きしめて、こう、ぶちゅ~っと」



・・・ああ、なるほど。


こいつの考えなしが、今回はいい方向に作用した訳ね。


今だけはこいつの性格が羨ましい。



口が裂けても言わないけど。



「ちなみに、エウセビア嬢の反応は・・・」



気になっていた女性側の反応を尋ねると、それまでの無表情が一気に崩れ、顔が赤く染まる。



「・・・何があった?」


「いや・・・その・・・」



途端にしどろもどろになって、ようやく説明を聞けたけど。



つまりは唇を離そうとしたら逆にエウセビアに後頭部を抑えられて、暫くの間口づけしたままにされたんだって。



なんだよ、その充実ぶりは。



真っ赤になってデレデレしちゃって。


乙女か。



・・・なんか、ものすごく悔しい気がするけど。



大丈夫、きっと気のせい。


ただの気の迷いで勘違い。



だって僕だって。


そう、僕だって、アデラインともうすぐキス出来るもの。


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