速攻



--- 首から下には触れるなよ ---



・・・いや、なんか。



そう言われると余計に意識しちゃうんだけど。



僕はちらりと食事中のアデラインを見遣る。



もちろん、どこまでならセーフかって教えてもらえたのは良かったと思ってるんだけど。



くち、唇にキスしてもいいとか、言葉にされちゃうと何だか、うん。



余計にそこに目がいっちゃうというか、何というか。



ああ、ほらまた。


気がつけば、僕の視線はアデラインを追っている。



アデラインの唇は、紅もひいていないのにいつも艶やかでふっくらしていて、ベリーを溶かしこんだみたいに赤い。



熟れた果実みたいな色は、それはそれは美味しそうに僕を魅了する。



つい味わってみたいだなんて・・・



「セス?」


「ひゃ、ひゃいっ!」



突然かけられた言葉に、変な声が出た。



「・・・どうかしたの? さっきから何だか変よ?」


「な、なんでもないよ」


「そう? ・・・もしかしてわたくしの顔に何かついてる?」


「え? ど、どうして?」


「さっきから、ずっと見ているみたいだったから。パンくずでもついてるかしら?」


「い、いや。ホントに何もついてないから大丈夫」



どうしよう。バレてた。


視線がキョロキョロと彷徨ってしまう。



不思議そうに僕を見つめるアデラインを何とか誤魔化しつつ、僕は自分の不甲斐なさを改めて痛感した。



「でも本当に良かったわね。エウセビアさまとアンドレさまの婚約が整って」


「・・・ああ、うん。思ってたよりもアッサリ決まったね」



そうなのだ。


昨日、僕はアンドレから。


アデラインはエウセビアから連絡を受け、無事に婚約したことを告げられた。



両家に反対されている状態からのいきなりの婚約って、展開が早すぎる気がしないでもないけど。



もともと親同士が仲が良かったこと、アンドレとエウセビアも小さい頃からの付き合いだったこと、ジョルジオの後押しがあったことなどが良い方向に働いたらしい。



アンドレがノッガー家を去ってから僅か一週間。



両家の親の許しを得たあいつは、さっさと婚約にまで話を持っていきやがったのだ。



「きっとお喜びでいらっしゃるわね。エウセビアさまの笑顔が目に浮かぶようだわ」


「うん、僕も。アンドレのニヤケ顔が簡単に思い浮かぶよ」


「お似合いのお二人ですもの。きっと仲の良い夫婦になるわね」


「それは僕たちだって」


「え?」



あ。


つい本音が漏れた。



僕たちだって、仲の良い夫婦になれるよ。



そんな言葉が。



こんな時にそんな事を言ったら、余計に意識しちゃうし、されちゃうじゃないか。



いや、大丈夫。


途中で言葉を呑み込んだから、気づかれてないよね?



恐る恐る顔を上げる。


だけど。



・・・これは。



どうやら速攻で気づかれたみたいだ。



アデラインは両手で頬を覆い、真っ赤になって俯いていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る