お兄ちゃんに任せなさい
「・・・ふうん」
トルファンは、美術教室の講師控室で、愛する弟セスの話を聞きながらお茶に口をつけた。
「言いたい事はそれで終わりかい?」
「・・・そうだけど」
「なるほどね」
トルファンは、いつもの人好きのする笑顔でセスを迎え、空き時間を使ってセスの悩みを聞いてくれたのだけれども。
さっきからどうも反応がおかしい。
どこか遠くを見つめてみたり、大きな溜息を吐いてみたり、頭を抱えてみたり、最後には眉間に深い皺を寄せる始末だ。
「・・・あの、トル兄?」
「うん? なんだい、セス?」
「ええと、なんか怒ってる?」
「私が怒っているかって? いやいや勿論、怒ってなどいないよ? ただちょっと驚いたかな」
セスは、ひとまず兄が不機嫌でないことにホッとしたのだが、すぐに最後の言葉が気になった。
「驚いた? 驚いたって何を?」
「ああ・・・私の可愛い弟は何歳だったっけ、こんなに幼かったなんて、と気が遠くなってしまってね」
わざとらしく大きな溜息を吐きながら、トルファンはそう答えた。
「え、あの、トル兄、まさか僕の年、忘れちゃったとか言わないよね?」
「まさか、覚えているよ。当たり前だろう? お前は今、7歳だ」
「違います。あと4か月で17歳です」
ムキになって言葉を返すセスの抗議を、トルファンは全く意に介さない。
「そうだっけ? 私はまた、てっきりあと4か月で8歳になるかと」
「こんなに体の大きな7歳児がいますか!」
「やってる事は7歳でしょ。言ってる事もだけど」
ここでセスはぐっと言葉に詰まる。
「セス。お前さぁ、アデライン嬢の婚約者だよね?」
「はい」
「18になったら結婚するんだよね?」
「はい」
「で、もう既に一緒の家に住んでいる」
「まあ、義理の弟でもあるから・・・はい」
トルファンは頭をがしがしと掻く。
綺麗に整えた髪が台無しだ。
「それで何でほっぺにちゅー止まり? 私はまずそこが理解出来ない。唇にキスしたっておかしくない間柄だろう?」
「え? え、ええっ、え?」
「何回『え』を言うの」
呆れたようにそう呟くと、再びカップに口をつけた。
「大体どこから来たのさ、その発想は。結婚するまでキスもしない、紳士でいたいけどどうしたらいいんだって。なにお前、どこかの修行僧?」
優男の中身は意外と毒舌家だ。
「・・・だって、どこまで触れていいか分からないんだもの。やりすぎて嫌われたくないし」
しょんぼりと項垂れるセスに、トルファンは言いすぎたと一旦口を噤み、少し考えた後でこう続けた。
「分かった。じゃあ、優しいお兄ちゃんがはっきり線引きをしてやろう」
「線引き?」
「そう、いいかい? セス」
トルファンはセスの肩に手を置いて、安心させるように頷いた。
「唇にキスはOKだ。だが、首から下には触れるな」
唇にキスはOK。
まず最初に飛び込んできたその言葉に、セスは一瞬でゆでダコのように赤くなる。
だがすぐに、新しい疑問が浮かんだ。
「首から下・・・って、手を繋ぐとか、エスコートで腰に手を回すとか、やっちゃ駄目ってこと? でもそんな事ないよね?」
トルファンは残念なものを見るような目つきでセスを見た。
「・・・お前、あの公爵令息と付き合うようになって、随分とバ・・・可愛らしくなったな」
トル兄、今バカって言おうとしただろ。
じとっと見つめるセスから目を逸らし、トルファンは言葉を継いだ。
「普通の接触や社交上の触れ合いは良いに決まってる。私が触れるなと言ったのは、その類のものではない」
「・・・と言うと?」
トルファンがにやりと意地悪な笑みを浮かべる。
「女性の柔らかさを堪能する目的で触れる行為のことを言っている」
「・・・え・・・?」
少し間を置いて、ようやく言われたことの意味を理解して。
じわじわとセスの頬が赤くなる。
「そ、れって・・・」
女性からの人気が高いトル兄が言うのだから、それはきっと本当なんだろう。
なんだろう、けど。
なんだか今の言い方は。
真っ赤になるセスをよそに、トルファンは何故か楽しそうだ。
悪戯をする子供のように目をキラキラさせながら、トルファンは大切なことだからともう一度繰り返した。
「私の言いたい事は分かったか? 首から下には触れるなよ、セス。それ以外はOKだ」
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