怪我の功名



本当なら、ワイン二杯くらいで酔っ払ったりなんかしないんだよ。



ただの言い訳ですけど。はい。



アデラインに付き添われながら部屋に向かっていた筈の僕は、気がつけばソファの上で寝ていた。



あれ? なんでベッドじゃなくてソファ?



ぼんやりとした頭で、そんな事を考える。



今何時だろ?

まだ外は真っ暗だけど。



そろりと顔を持ち上げた時だ。



僕はここでようやく、自分の両手が不自然に上がっていることに気がついた。どうやら枕を抱えている様だ。



ああでも、なんかこの枕。


温かくて柔らかい・・・



ぎゅむぎゅむとその柔らかさを堪能していると、ふわりと嗅ぎ慣れたフローラルの香りがした。



嬉しい。


これ、アデラインの香り、だ・・・。



・・・?



え・・・?



僕は恐る恐る顔を上げる。


そして一気に眠気が吹き飛んだ。



え?


アデル? なんでここに?



ソファに横になっていた僕は、あろうことかアデラインの膝の上にちゃっかりと頭を乗せて。



そして両腕でしっかりと彼女の腰を抱えていたのだ。



そしてアデルは。


ソファに座り、僕に膝を貸す形で。

眠気に勝てなかったのだろう、頭を背もたれに預けてすやすやと眠っていた。



うわぁ。寝顔、可愛い。


って違うだろ。これはまずい。

いくら結婚する間柄とはいえ、夜を明かすのは良くない。



慌てて時計を確認して、ほっと安堵する。


まだ12時を少し回ったところだ。

今すぐに部屋に帰せば問題はないだろう。



この柔らかさは手放しがたいけど。


アデラインの香りなんて、リフレッシュ効果ありまくりだけど。



ここは我慢の一択だ。



「ア・・・アデライン」



少し掠れた僕の声に反応して、アデラインの長い睫毛がふるりと揺れる。


そしてゆっくりと開いて、紫色の宝石が現れて。



・・・綺麗だな、なんて見惚れている場合じゃない。


ああ、今気がついたよ。

起こす前に両手を放しておけば良かった。



焦る僕をよそに、アデラインはふわりと笑う。



「・・・セス、目が覚めたのね。良かった」


「・・・うん。なんかごめんね。迷惑をかけたみたいで」



僕の言葉に、アデラインがふるふると首を横に振る。



「迷惑なんてとんでもない。わたくしもいつの間にか寝てしまっていたみたいね」


「僕のこと、置いて戻っても良かったのに、気を遣わせちゃ・・・あ」



そこまで言って、僕は固まった。



何が置いで戻っても、だ。


僕の腕が、両腕が、しっかりとアデラインを抱えこんでたせいで動けなかったのに。



瞬時に顔に熱が集まる。



鏡なんか見なくても分かる。


僕の顔は真っ赤っ赤の筈。



「え、と・・・ホントにごめん」



名残惜しいけど。


本当に名残惜しいけど、僕はゆっくりとアデラインの腰に回していた手を解いた。



「・・・今日はお休みの挨拶はなしなの?」


「え?」



僕は目を瞬かせた。


その刹那。



頬に柔らかなナニカが触れる。


そして離れる。



「ア・・・アデライン・・・」


「・・・お休みなさい、セス。良い夢を」



そう言って笑うアデラインは、女神さまみたいに綺麗だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る