疑問



「駄目だ」


「・・・」



義父は、ノッガー侯爵は、顔も上げずにそう言った。



アデラインの気持ちを確かめた僕は、結婚の日取りのリミットを外してもらおうと思って、こうして義父の私室を夜遅くに訪れた訳だけど。



結果は即答で拒否られた。



「セシリアン。確かに、結婚自体はお前たちが成人になる日を待たずとも執り行うことは出来る。だが私はそれを許すつもりはない」


「・・・理由をお聞きしても?」


「家を継ぐには成人を迎えている必要がある。前にも言った筈だ、婚姻と同時にこの家を継いでもらう、と。結婚だけを先んじて行うことは許可しない」


「別に同時である必要はない筈です。早くに婚姻を迎えている夫婦は他にもいるではありませんか」


「・・・よそは関係ない。私がそう決めたのだ」


「・・・」



僕はぐっと唇を噛んだ。



相変わらず義父の考えていることは僕には理解不能だ。



アデラインの結婚相手に僕を選び、10歳の時から養子として共に同じ家に住まわせ、なのに互いの意思をよく確認しろと言い、なんなら他の相手が良いと思う場合はそれも許可する、と来た。



僕とアデラインとが結ばれるのが一番望ましいと言っておきながら、結婚は成人して家督を継げるようになるまでは許さない。



まったく。


僕たちを結婚させたいのか、させたくないのか。



僕は、ふうと息を吐いた。



まあいい。


どうせこれはダメ元だ。



さっさと結婚しそうなアンドレたちがちょっと羨ましくなって、試しに聞いてみただけだから。



本題はこっち。



「・・・それでは別のお話があります」


「なんだ」



ひとつ、深呼吸。


落ち着け、ここからが本番だ。



「・・・義父上がアデラインと顔を合わせない理由を教えては頂けないでしょうか」


「・・・」



義父の眉が、ぴくりと上がった。



「いずれ話すと以前に仰られたでしょう?」


「・・・確かに言ったが、それは今ではない」


「では、いつ聞かせていただけるのでしょう」


「・・・」


「義父上?」



義父は気不味そうに黙り込んだ。



眉はぎゅっと中央に寄せられている。



それでもこの人は、かつて家族を大事にしていたというだけあって、こんな時でも声を荒げたりとか、辛辣な口調で話したりとかはない。


今も不愉快そうにはしてるけど、だからといって僕を怒鳴りつけることはしない。



アデラインを避けること、アデラインを無視すること、これだけなんだよ。


この人に改めて欲しいのは。



そして、ようやく絞り出した言葉は。



「・・・お前たちが結婚する日、いや、その前の夜に話す。だが、話す相手はセシリアン、お前だけだ」


「・・・っ!」



僕は思わずこめかみを抑えた。



「義父上、それでは遅すぎます。僕たちが結婚したら直ぐに領地の別宅へと移られるおつもりなのでしょう? アデラインは貴方に愛されていないと傷ついているのですよ。まさかアデルに何も言わずに・・・」


「セシリアン」



静かな声が、僕の抗議を遮った。



「・・・何でしょうか」


「アデルは・・・私の話を聞けばもっと傷つく」


「・・・っ!」


「あと数カ月もしたらお前たちの結婚式の準備を始める。準備には一年近くかかるからな。爵位の継承と結婚式の両方だ。・・・これから忙しくなるぞ」



これで話は終わりだと言外に告げられ、僕はただ黙って頷くしか出来なくて。



アデラインの横顔が浮かんだ。


義父の部屋を見つめる時の横顔が。



扉の閉まる音が、やけに大きく聞こえた。




僕はいつも願うばかり。


無力な自分が悔しかった。

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