安定の可愛さ
その後、アンドレはしばらく使いものにならなかった。
エウセビアへの愛の告白で力を使い果たしてしまったらしい。
それにしても。
『す、す、す、す、す、す、す、す、す、好き、だ・・・・』
一体、何個「す」を言えば気が済むのだろう。
何とも可愛らしい、そして間の抜けたアンドレの告白を、エウセビアはそれでも嬉しそうに聞いていた。
まあとにかく、全力で己を燃やし尽くして、今アンドレは灰になっている。
明後日にはジョルジオが話し合いにやって来るんだけど。
それまでには何とか回復して欲しいものだ。
でも、アンドレが現状再起不能という状態のお陰で、今の僕はアデラインとの二人きりの時間を再び満喫出来ている。
そういう訳で、現在まったりと二人でお茶を飲んでいたりして。
それだけは良かった、うん。
アデラインはカップを手元に置くと、午前の出来事を思い出したのか、微かに笑った。
「・・・でも、あれはあれでドラマチックだったわ」
「え? あの決闘にまつわる云々が?」
エウセビアの反応が珍しいだけだと思ってたのに。
実はあんな斜め上な台詞が、今どきの令嬢にはウケると言うのか?
「ふふ、残念だけどそちらではないわ。あの雪合戦のエピソードの方よ」
「・・・ああ。雪玉を執拗にぶつけてくる子から庇ってあげたって言う。まあ、やった事そのものは紳士的だけど、その間ずっと腕組みして睨みつけてたって話じゃないか。そこは気にしないの?」
「エウセビアさま狙いでやった訳ではない、というのが却って印象に残ったのではないかしら」
「・・・なるほど」
好きな子相手に格好つけたのではなく、ただ泣きそうになってる女の子を庇っただけ。
「それが乙女心ってやつなのかな」
「そうですね。ええ、その乙女心というものだと思いますわ、セシリアンさま」
ふふ、と笑って丁寧に答えるアデラインに、僕はちょっとだけ不安を覚えて、つい思った事を口にする。
「もしかしてアデラインもぐっと来ちゃった?」
「え?」
驚いて目を丸くするアデルに、僕はそれまで手にしていたカップをテーブルに戻し、そっと隣の席に移動した。
「アデルも・・・アンドレの隠れた魅力に気づいちゃった、とか、あるかな、なんて」
「まあ、セスったら」
冗談、そう思ったのだろう。くすくす笑っていたアデラインは、でもすぐに僕の眼を見て真面目に言っている事に気づいたようだ。
「あのね、セス」
カップをソーサーに戻し、アデルは僕の方へと体を向けた。
「わたくしね、ずっと恋が怖かったの。誰かに恋をして・・・その人なしでは生きられない程に強く焦がれて、それまでの自分とは全く違う人になってしまう、そんな強い感情を知ることが」
その言葉に、義父の姿が浮かぶ。
それはきっと、アデラインも同じ筈。
だってその瞳は少し陰っている。
「そんな感情、一生知らなくていい、ずっと知らないままでいたい、そう思っていたわ。だから、たとえ家のために結婚することになったとしても、決して相手に恋はしない。そう心に誓っていたの」
そっと手を伸ばし、僕の手に重ねた。
そして柔らかく包み込む。
「会って直ぐに貴方に酷いことを言ったわ。他に素敵な方を見つけてって。だって貴方は・・・とても素敵な男の子だったから」
「アデライン」
「わたくしがぐっと来たのは、貴方だったの、セス。アンドレさまではなく、貴方よ。・・・でも」
アデラインは俯いた。
瞼も伏せて、その美しい紫が見えない。
「惹かれるのが怖かったの。信じて、突き放されるのが怖かったの。何とも思っていない相手から冷たくされるのと、好きな人から拒絶されるのとでは余りに違いすぎる、から」
だから、と呟いたアデルの声は少し震えていた。
「最初から、初めて会った時から、セ、セスが、セスのこと、素敵で、わたくしにはもったいないって、ちゃんと愛してあげられる人と結ばれてほしいって」
「・・・僕は、アデラインから愛されたいけどな」
「・・・ええ」
「僕は、アデラインが好きだよ。よく知っていると思うけど」
「・・・ええ」
「愛してる」
「ええ・・・わたくしもセスが好き・・・愛してる、わ・・・」
「アデライン・・・ッ」
こうしてアデラインが「愛している」と言葉にしてくれたのは初めてじゃないだろうか。
僕は、アデラインを思いきり抱きしめた。
腕の中にすっぽりと収まったアデラインは、赤くなった顔を隠すためなのか、僕の胸に顔を押しつけている。
アデライン、それ逆効果。
ああ。
僕のアデラインは、今日も安定の可愛らしさだ。
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