初恋の記憶
「ふふっ、ああ可笑しい。よりによって決闘なんて言葉をお選びになるなんて」
ひとしきり笑った後、エウセビアは目に溜まった涙を拭いながらそう言った。
「幼い頃に初めてお会いした時から、なんて面白い方だろうと感心しておりましたが・・・本当に、真っ直ぐそのままお育ちになられましたのね」
「うむ。父上や義兄上にもよく言われる」
「ええ。流石はアンドレさまです。わたくしの愛しい初恋のお方ですわ」
「え?」
「「え?」」
エウセビアは、今さらりと大事なことを言った。
あまりに自然で、さりげなくて、もしかして聞き間違いかと、そう考えるほどに。
アンドレもそう思ったのだろう。
どう反応していいか分からない様子で、ぎこちなく言葉を繰り返した。
「はつ、こい?」
「ええ、アンドレさま。貴方はわたくしの初恋の相手ですのよ」
「そんな、の、知らな・・・」
「言ったことはありませんもの」
エウセビアは可愛らしく首を傾げる。
「皆で雪合戦をした時のこと、覚えてらっしゃいます? 大雪が降って、それでたまたま集まっていた子どもたちでいつの間にか雪玉のぶつけ合いになって」
「・・・覚えている。あれは確か四歳くらいの頃だったか」
少し考えた後、アンドレは頷いた。
「そう。あの時、わたくしに執拗に雪玉を投げつけて来る令息がおりましたわ。わたくし、痛くて泣きそうになってましたの。そうしたらアンドレさま、貴方が」
思い出したのか、くすりと笑う。
「大玉を一発、その令息にぶつけたかと思ったら、その後、彼に背を向けてわたくしの前に立ちましたの。腕組みをして、こう、わたくしを睨むようにして仁王立ちになって」
「・・・そんな事をしたか? よく覚えていないが」
「わたくしはハッキリと覚えていますわ。だって、あの後から一発も雪玉がぶつからなくなったのですもの。アンドレさま、貴方が背中で全部受けられて」
ふふ、と笑うエウセビアに、アンドレはぷいっとそっぽを向く。
「・・・たまたまだろう。たまたま私がそこに立っていた、それだけだ」
「ええ。貴方がそのつもりだったとしても、わたくしは驚いたのです。そして嬉しかった、とても」
ぶっきらぼうに答えるアンドレに、エウセビアは優しい笑顔を向けた。
「貴方は雪まみれになってわたくしの壁になって下さった。わたくしには一言も喋らず、黙って腕組みをして、ただ立っておられた。それがどうしようもなく眩しかったのです」
「・・・」
「だから、他の誰かと正式に婚約する前に、少しだけでも貴方と恋人の気分を、と思ってしまいましたのよ?」
なのに、とエウセビアは続けた。
「そんな出来心に対して決闘なんて言い出されては困りますわ。わたくし、アンドレさまに人を殺してほしくありませんもの」
「ならば」
アンドレは一歩前に進んで、エウセビアの肩に手を置いた。
「ならば私に決めておけ」
「・・・え?」
「私に決闘を申し込ませたくないのだろう? ならば本物の恋人も私にしておく事だ。そうすればこの先も邪魔者は現れまい」
「アンドレさま・・・」
おおお。
アンドレが、今日で一番ちゃんとした台詞を言った。
しかも、なかなか格好よく言えたぞ。
アンドレ。やっぱりお前は、やれば出来る子だ(二回目)
見ろよ、ほら。
エウセビアがすごく恥じらって嬉しそうに・・・うん?
あれ?
して、ない。
いつもの余裕のあるエウセビアに戻ってしまっている。
なんで?
「アンドレさま。わたくしたちは後継同士ですわ。その意味は分かってらっしゃるでしょう?」
うん、間違いない。
いつものエウセビアだ。
余裕綽々の、落ち着いて冷静な。
「ああ分かっている。それでも私は君が他の男と婚約とか、け、け、結婚するとか許せない。相手が出来たら絶対に決闘を申し込む自信がある」
どんな自信だよ、それ。
真っ赤な顔して言うことか?
「では、アンドレさま。この先もわたくしと共に過ごす道を一緒に探して下さるのですか? 家族を説得しないといけませんわよ? 簡単ではありませんわ」
「ああ。全力を尽くす」
エウセビアはにっこりと微笑んだ。
「ならば、決闘の予告よりもまず先に、わたくしにお言葉を下さらなくては」
エウセビアの言葉に、アンドレがきょとんと目を見開く。
「お言葉?」
「ええそうですわ。アンドレさまからの愛の言葉。それをまずわたくしに下さいませ」
「あ、い・・・のこ・・・」
その瞬間、アンドレは既に赤面していたというのに、ゆでダコのように全身が更に真っ赤に染まり上がった。
それを僕たちは面白く・・・じゃない、微笑ましい気持ちで見守った。
いつもの余裕を取り戻したエウセビアに、アンドレがもはや敵う筈もない。
そんなこれまでと同じ光景が戻って来たことに、僕たちは深く安堵したのだ。
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