それがどうした



「フリがどうした。だからこの関係を破棄すると言うのか、それを私が承諾すると?」


「・・・は?」


「私を嘗めるな、そんな生ぬるい理由で私たちの関係を勝手に終わらせられて堪るものか。絶対に止めてなどやらんからな」


「・・・アンドレさま」



エウセビアの驚いた顔が新鮮だった。



完璧な笑顔の仮面で隠した筈のエウセビアの本心が一瞬、透けて見えて。



また直ぐに、それは綺麗に隠されたけど。



だけど、あんな表情を見せたってことは。



僕は拍手をしたい気分だった。



アンドレ。



言ってることは無茶苦茶だけど、本当に支離滅裂だけど。


今回に限って言えばグッジョブだぞ。


意図してなどいないのだろうが、お前の揺さぶりは抜群の効果を発揮している。



「アンドレさま。困りますわ、そんなことを仰られても」


「私だって困っている」


「え?」


「君がそんな事を言い出して、私は非常に困っている。私は・・・私は、きっと君は続けたいと言ってくれるものだと、そう思って」


「・・・わたくしが続けたいと言ったら、そうして下さるおつもりでここにいらしたと?」


「勿論だ。私と君は、そんな薄っぺらい関係ではないだろう、違うか?」



エウセビアがぴたりと固まった。



表情も、動きも全てが止まって。



「・・・エウセビア嬢?」


「・・・ええ。わたくしたちは、そんなに簡単に縁が切れるような薄い関係ではない。幼い頃からずっと隣におりましたもの。だから、止めるのです。止めてもまだ、わたくしたちは友人でいられますから・・・今までの様に」



そうでしょう?とエウセビアは笑う。



でも、その笑顔は、眉尻が少し下がっていて辛そうで、それが珍しく年相応の可愛らしさを無防備に曝け出している。


今、エウセビアは所作を取り繕う余裕もない。



それ程までに、アンドレにかき乱されている。



「だがそれは、約束を勝手に破る言い訳にならない。いいか、君と私は恋人だ。君が頼んできた。私がそれを受けた。だからそれは続く、これからもずっと。義兄が心配しようが、君のお父上が怒ろうが、私たち二人の関係だ。口は出させない」



アンドレは気づいているだろうか。



もうずっと、自分の台詞に「本物の」恋人であるかの様な言葉が散りばめられていることに。



エウセビアの頬が少し赤いことに。



いやきっと、僕たちだって赤面しているかもしれない。



だって、経緯を知っている僕たちの耳からしても、まるで告白のように聞こえるのだ。



アンドレの、必死の告白に。



嫌だ、捨てないでくれ、まだ一緒にいたい、自分たちの関係はこんな簡単に終わるものではないだろうと一生懸命に駄々をこねる哀れな男の台詞にしか聞こえないのだ。



・・・でも、このままじゃ平行線で終わる。



少しずつ、エウセビアの笑顔の鎧が剥がれ始めているのに。


この機会を逃したら、きっともう二度と。



・・・よし。



ずっと握り続けていたアデラインの手からもう一度力をもらう。



行くよ、援護射撃だ。



「ねえ、アンドレ」


「・・・む?」



お前の親友が、もと恋敵が、しゃしゃり出てやろうじゃないか。



「つまりさ、お前はエウセビア嬢の恋人役を他の誰かに譲る気はないって事だよね? この先もずっと」


「そうだ」


「だけどエウセビア嬢は終わらせるつもりでいる。その理由は、この関係が『仮』のものだからだ。『仮』は『本物』には勝てない。この先、エウセビア嬢に本物の恋人が現れたらお前は諦めるしかないんだ。ならお前はどうする? どうすればいいと思う?」


「・・・セシリアンさま、それは」


「今だけ口を挟ませて、エウセビア嬢。これだけ言ったら、後は黙るから」


「・・・分かりました」




エウセビアの顔は林檎のように真っ赤だ。


こんな無防備な彼女は見たことがない。



今しか押すチャンスはないんだ。



だからアンドレ。


男を見せろ。



「私は・・・」



さあ、アンドレ。


行け、やってやれ。



「・・・本物が現れたら、決闘を申し込んでやる!」


「「「・・・は?」」」




・・・三人で、ハモった。見事に。



決闘。決闘って。



アンドレ、どうしてお前は。



話題を微妙にすり替えるのがそんなに上手いんだ。



僕が頭を抱えてテーブルに突っ伏しかけた時。



「ふっ・・・」


「・・・エウセビア嬢?」


「け、決闘、ですか・・・ふふっ、そんな乱暴な話・・・いくらアンドレさまでも・・・ふふ、あははっ・・・」



あ、あれ?


もしかして、喜ばれてる?




エウセビアは一瞬ぼかんと呆けていたけど。



その後すぐに、声を上げて嬉しそうに笑い出したのだった。


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