エウセビアの予想 アンドレの予想外



「まずはお詫びを申し上げないといけませんわね」



エウセビアは用意された椅子に座る前に深く頭を下げた。



「・・・エウセビア嬢?」



アンドレの眉間の皺が深くなる。



「アンドレさま。わたくしが軽はずみに恋人役などお願いしたために、ご家族との関係が拗れてしまったとお聞きしています。本当に申し訳ありませんでした。軽率な願いを口にしたと反省しております」


「・・・」


「父にもたくさん怒られましたわ。もうあと一年半後には成人するというのに、この様な子どもっぽい振る舞いは良くないと。父の言うことは尤もだと思います。わたくしが愚かでしたわ」


「愚か・・・」


「ええ」



エウセビアは優雅に微笑んだ。



彼女は本当に感情を隠すのが上手い。


立居振る舞いも、発する言葉の選択も、何一つ淀みがなく完璧だ。



だから、どこにも隙などない筈なのだ。


どこにも、それが嘘だと見分ける理由など落ちてはいないのに。



こうして傍から見ているだけの僕でも、いやきっとアデラインにも、はっきりと分かる。



エウセビアは嘘を吐いている。



見えるところには何処にも理由付ける根拠がない。けれど、でも。


絶対だ。

間違いない。


エウセビアの本心は真逆だ。裏腹だ。



僕には、君の笑顔が泣き顔に見えるよ、エウセビア嬢。



隣に座っていたアデラインが、僕の手の上にそっと掌を重ねてきた。


そしてそのまま、ぎゅっと力を込める。



僕は僅かに目を瞠った。



控えめなアデラインには珍しい事だ。



きっとアデライン、君も気がついたんだろう。


そうだね、アデライン。

エウセビアは今、泣いているね。



だけど、当事者ではない僕たちは、彼女に何をしてあげられるだろう。



僕の右手に重ねられたアデラインの左手の上に、僕は更に空いていたもう片方の手を乗せ、ぎゅっと包み込んだ。



考えよう。


僕には、僕たちには何が出来る?


越権行為にはならないで、お節介にもならないこと。


代わりに決める事もしちゃいけない。誘導など以てのほかだ。



僕たちはただ、君たちの背中を押してあげたいだけ。


君たちに幸せになって欲しいだけだから。



「・・・エウセビア嬢。私に謝るのは無礼であろう」



・・・うん? 


何か今、不穏なワードを耳にしたような。



アンドレがゆらりと立ち上がった。



「二人で話し合い、納得した上での行為だった。それを何故、君ひとりが謝り、一方的に破棄するかの様に話すのだ?」



・・・おお?


どうしたアンドレ、今日はなんだか格好い・・・



「私はアンドレ・デュフレス。デュフレス公爵家の嫡男だぞ?」



い・・・って、それを今、言うか?


そこが目下の問題とされている点だろうが!



「公爵家の嫡男として、その名誉と誇りにかけて言わせてもらおう。私は君との恋人関係を止めたりはしない!」


「・・・アンドレさま?」



この反応は少々予想外だったのか、エウセビアの完璧な笑みが微かに崩れた。



それに気づいているのかいないのか、アンドレはそのままに言葉を続ける。



「合意の上で二人で始めた事だ。止めるのならば、やはり私たち二人が合意した上でなされねばならない。そして、私は絶対に! 決して! 同意するつもりもその予定もない!」


「・・・」


「だいたい何故そうやってすぐに諦めるのだ! 私との恋人関係はそんなに価値が低いものだったか? 家族から反対されたからと言ってすぐに取り下げるほど、そんなにどうでもいい事だったか?」



・・・うん。


なかなかに決まった台詞を口にしている様だけれども、ちょっと、いやかなり矛盾点がある事に、お前さんはお気づきでらっしゃいますかね。



アンドレ、まずは一つ思い出せ。


お前は大切な前提を忘れているぞ。



「・・・価値が低いなどと思った事はありませんわ。ましてや、どうでもいいなど。ですがアンドレさま。アンドレさまこそお忘れではありませんか?」



僕はほう、と息を吐いた。



ああ、やっぱりエウセビア嬢は、こんな時も冷静だ。


そうなんだよ、こいつは忘れてるんだ。



家よりも自分の気持ちを、なんて貴族としてはあるまじき考え方だけどさ。



「わたくしたちは恋人同士ではありません。恋人のフリをしていただけですわ」




・・・うん。



だけどね、エウセビア嬢。


この事については、君もついでに忘れちゃえば良いって、僕は思うんだ。



だってさ、君は既に、十分すぎるくらい貴族らしいもの。



ねえ。


どうだろう。



僕は間違ってるかな、アデライン。




その時。


重ねたアデラインの手にぎゅっと力がこめられて。



大丈夫。間違ってないから。


そう言われた気がした。

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