やれば出来る子



一年半前に社交界にデビューしてから、もう何度となくアデラインと一緒に夜会に参加してきた。



だけど今夜は特別。



だって、晴れて両想いになってからの、初めての夜会なんだ。



アデラインをエスコートしながら、ホールに足を踏み入れる。



緩やかなバックミュージック、人々の騒めきに熱気、身が引き締まるような緊張感。



これまでの夜会と同じ筈なのに、今日は身体が軽く感じる。



そんな心が浮き立つような感覚で足を進めていたけれど。



ふと、人々の注意や視線がある一画に集まっていることに気づく。



あれは・・・。



アンドレとエウセビアだ。



もともと決まったパートナーのいない者同士、これまでも夜会などの場では互いを伴って出席していたけれど。



今回は恋仲、という噂付きでの登場だからな。



後継者同士の恋の噂、結ばれる当てのない悲恋となれば、社交界の恰好のネタなのだろう。



本人たちが気にしてないのが、また面白い。



いや、アンドレは気にしてないんじゃなくて、気がついてない。


それで、エウセビアはもちろん、分かっていて放置している。



まあ、エウセビアなら、こんなの想定内だよね。



「皆さま、注目なさってるわね」



アデラインも気づいたのだろう。


ぽつりと呟いた。



「ね、ご挨拶に行きましょう?」



アデラインの言葉に頷き、僕たちはアンドレたちのもとに向かう。



僕たちはアンドレたちの味方だもの。


今夜はなるべく側にいるようにしよう。



アンドレが僕たちを見て、ぱあっと表情を明るくする。


・・・僕たちで合ってるよな?

まさかアデラインしか目に入ってない訳じゃないよな?



「久しぶりだな、セス。それにアデライン嬢」



・・・良かった。



今さら自分が眼中になかったら、ちょっと傷つくところだったよ。



「久しぶり、アンドレ。そしてエウセビア嬢もご無沙汰しています」


「お会い出来て嬉しいですわ、セシリアンさま、そしてアデラインさま」


「わたくしもです。お元気でしたか?」



話しかけもしないのに、周囲が不躾な視線ばかりを送っていたのは、近づきにくかったというのもあるだろう。


なにせ、黙っている分にはアンドレもかなりの美丈夫なのだ。それにエウセビアも少し吊った眼がキツい印象を与えがちだが、非常に整った顔立ちの美しい女性である。



まあ、二人とも纏う雰囲気はかなり冷たいから、近寄りにくい、よね・・・って、あれ?


なんか、急に人が寄って来た?



「アンドレさまぁ! 今夜はぜひ、わたくしとも踊ってくださぁい!」


「エウセビア嬢! こ、この私に美しい貴女と踊る栄誉を・・・」



なんだなんだ?


一体、何が起きた?



「・・・柔らかい雰囲気のお二人がいらして、こちらの方々も気安くお感じになったのではないでしょうか」



扇の陰で、ぽそりとエウセビアが呟いた。



え?


もしや、助けるつもりが、仇になった?



「そんなお顔をなさらないで。わたくしたちは嬉しいのですよ? いつも、何があっても変わらずに側にいて下さるお二人が来て下さって」



そう言ってニッコリと微笑むエウセビアの笑顔に、横の無関係の奴らが顔を赤らめる。



君たちは無関係だから、うん。



そりゃ、別れる確定の優良令嬢令息カップルとなれば、結婚相手として狙いたくもなるのだろうけど。



もし、今だけしか二人の時間を楽しめないのなら、こんな無粋な真似はしないで欲しい。



僕が口を出すと、また変な勘ぐりをされるのかもしれないけど。


アデラインにも迷惑をかけるかもしれないけど。



僕は、横のアデルに視線を送った。


アデルは、静かに頷く。



・・・ありがとう、アデライン。



僕は一歩、前に踏み出した。



「・・・君たち・・・」


「君たち、いい加減にしてくれないか?」



・・・へ?



「私たちの、恋人としての貴重な時間を邪魔しないでくれたまえ」



僕はぽかんと口を開けた。


社交場ではあってはならない間抜け顔だ。



でもきっと、驚いたのは僕だけじゃないだろう。



「今夜、エウセビア嬢は私以外の他の誰とも踊らない。もちろん私も同じだ。エウセビア嬢以外の女性と踊るつもりはない」



・・・アンドレ。



「私の恋人に色目を使わないでもらえるか? 不愉快だ」



そう言って、エウセビアの肩に手を回す姿は、なかなかに格好よかった。



おお・・・アンドレ。



僕は心の中で拍手喝采を送った。



お前、やれば出来る子だったんだな。


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