どうか君たちも



幼い弟が、初めてどこにも掴まらずに立った時のことを思い出す。



ふらふらと体が揺れていながら、とても誇らしげに、とんでもなく凄いことをやり遂げたかのようなドヤ顔で、弟は二本足で立った・・・ほんの3秒ほど。



すぐに尻もちをついて、驚いて泣き出してたっけ。



・・・あ。いけない、いけない。



アンドレの成長っぷりに感動してたら、思考がどこかに流れて行っちゃってた。



だって、あのアンドレが。


胸が苦しい、と言ってお腹を押さえて部屋を出て行ったあのアンドレが。



こんなに格好よく、エウセビアの恋人のフリが出来るなんて。



「ダンスは他の者とは踊らない、それは二人で話し合って決めたことだ。部外者に口を挟まれる謂れはない。私たちは今を楽しむことに決めたのだ」



うん、それはどこにも嘘がまじってないね。



「せめて一度だけでも・・・」


「君に付いてるその耳は飾りか? それとも私の声が小さすぎて聞こえなかったか? 私たちは誰とも踊らないと言っている。せっかく恋人という事にしてあるのだ。さっさと諦めてくれたまえ。それとも何か? 君たちは私たちが恋人のフリをしているだけだと言いたいのか? 私の演技が下手すぎると、そう文句をつける気なのか?」



・・・おい、アンドレ。


ちょくちょく真実が漏れてるぞ。



僕はそろりとアンドレたちを囲む令嬢令息たちを観察する。



良かった。


アンドレの剣幕に焦っているからか、あいつの言った変なワードに引っかかってる余裕などなさそうだ。



だけど、アデラインも心配そうな目で見てるし、なんとか打ち切らせないと。



エウセビアは・・・あの顔は面白がってるから、援護はあまり期待出来なさそうだし。



「あ、あのさ、アンドレ。そろそろ僕たちも踊りに行かないか?」


「・・・セスと私が踊るのか?」



そんな訳がないだろーが!



「僕とアデライン! 君とエウセビア嬢! 決まってるだろう、そんなの」



さっきお前が言ってたんじゃないか。


今夜はエウセビアとしか踊らないって。


僕と踊ってどうするんだよ、っていうか、踊る気かよ!



僕の剣幕に、アンドレが一歩後ずさる。



「あ、ああ。そうだな、うむ。もちろんだ。では踊りに行こう・・・エウセビア嬢」


「はい」



すっと差し出した手に、エウセビアがゆっくりと手を重ねる。



途端に落胆の表情を浮かべる周囲の令嬢令息たち。



おっと、逃げ遅れて巻き込まれたら大変だ。



「アデライン、僕たちも」


「ええ」



そっと手を取り、アンドレたちに続いてフロアの中央へと進み出る。



ゆったりとしたワルツか流れ始め、僕たちは音楽に身を任せた。



アデラインが嬉しそうに僕を見上げる。



僕もアデラインの眼を見つめて笑いかける。



そうだよ。


アンドレたちの騒ぎを見ているうちにうっかり忘れかけたけど、今夜は両想いになって初めての夜会だもの。



この、ふわふわした幸せな気分を、高揚感を存分に楽しみたい。



そんなことを考えながら、僕たちはくるくると踊る。



アデラインのドレスが花びらのように広がり、回る。



一瞬、視界の端にアンドレとエウセビアが踊る姿が映った。



無意識の好きと、意識していても言うつもりのない好きの二人。



外側から見る分には、楽しそうに笑ってるようだけれど。



来年は、どうなるんだろう。

再来年は。



こんなことを願うのは、無責任なのかもしれない、でも。



出来ることなら、二人の笑顔がこの先も続くといい。



僕たちはこんなに幸せだから。



親友の君も、君たちもどうか。

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