次のステップ



困ったわ。


次はどうしたらいいのかしら。



アデラインは悩んでいた。



何とか自分もセスへの気持ちを表現しようと決心したものの、元々が受け身タイプな上に恋愛初心者でもある。



セスの愛情表現に応える、という発想には至ったものの、それ以上のこととなると何も思いつかないのだ。



つまり、セスがアプローチすれば同じようにアプローチし返す、というパターン一択なのである。



自分からは、何をどう仕掛けたらいいものか、どれだけ頭を捻っても、何も浮かばない。



「わたくしって、思ってた以上にポンコツなのね・・・」



アデラインは途方に暮れていた。



「いいえ、へこたれてる場合ではないわ。これまでずっとセスに頼りきりだったのですもの。わたくしからも何かしなくては・・・」



そうして暫くの間、考えに考えて達した結論が。



「分からないのなら、学べばいいのだわ」



そう考えたアデラインは、さっそく一番仲の良い使用人ルシャを呼んだ。



「あのね、ルシャ」



アデラインに頼み事の内容を打ち明けられ、ルシャは、きょとんとした。



「・・・流行りの恋愛小説、でございますか? アデラインお嬢さま」


「ええ、そうなの。今、街中で一番人気のある恋愛小説を全部買ってきてほしいの」



にこにこと頷くアデラインに、ルシャは恐る恐る口を開く。



「あの・・・もしかして、それを全部お嬢さまがお読みになるのですか?」


「もちろんよ。わたくし、しっかりと勉強したいの。恋とはどのようにするものなのか、恋をしたらどんなことをするのか、どうやって気持ちを表現するのか。だってわたくし、いくら考えても、どうしたらいいのか分からないんですもの」


「あの、どうしたらいい、とは何のお話のことでしょう?」


「それは・・・その、セスにどうしたら、わたくしの気持ちが伝わるかって話よ」


「・・・それで、恋愛小説をお読みになる、と」


「だって、それだけの人気があるんですもの。教本としてピッタリでしょう?」



ルシャは、笑うべきなのか、呆れるべきなのかを少々迷った後、無表情を貫くことにした。


目の前のお嬢さまは至って真剣なのだ。



側から見れば、どう見ても相思相愛にしか見えない二人なのに、まさか一から恋愛の仕方を学びたいと言い出すとは。



しかも、ただ読者を喜ばせるためだけに書かれた、恋愛テクニックに関しては何の信憑性もない、巷の流行りモノから。



・・・全くの無自覚だった以前と比べれば、格段の進歩なのでしょうが。



ルシャは、大好きなお嬢さまの事を思い、少しばかり頬を緩ませる・・・が、すぐに引き締めた。



「ね、お願い。ルシャ」



胸の前で両手を組み、上目遣いでお願いするアデラインは、冗談抜きに可愛らしい。


それこそ、同性のルシャも見惚れてしまうほど。



・・・恋愛テクニックなど、お嬢さまには必要ないと思うのですけどね。



その無垢さが、恋愛に貪欲でない姿が、控えめな姿勢が、セシリアンを狩人になるように優しく駆り立てているのだから。



しかし、そうは思っても、一介の使用人が当主の娘の頼みを聞かないという選択肢はない。



「・・・かしこまりました。市場を調査して、人気ランキングの上位にあるものを全て購入して参ります」


「ありがとう! ルシャ」



そう言って、ルシャの手をぎゅっと握るアデラインは、その満面の笑みの力も加わってまるで天使のような愛らしさだ。



「・・・とんでもございません、お嬢さま」



他の使用人たちの話を聞くと、この愛らしいお嬢さまは昔、人形のようにただじっと座って何もしない時期があったのだとか。



誰かとおしゃべりを楽しむことも、笑うこともなく、ひたすら無表情で過ごしていたと。



四年前にここで働くようになった時には、お嬢さまは既に明るさを取り戻していて、その時の様子の片鱗すらなかったけれど。



今では、恋をお知りになり、頬を染め、どうやって想いを伝えようかと悩んでおられる。



・・・そうだ。


他ならぬアデラインお嬢さまの頼みだ。



人気のある恋愛小説を適度に楽しんでもらい、何か誤解が生じそうな時は、こちらからフォローを入れれば良いではないか。



そうと決まれば、さっそく今日の午後にでも買い出しに行かなくては。



「とびっきりのを仕入れて来ますからね」



気合い十分でルシャは言った。



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