報告 連絡 相談
「ほう、これはなかなか美味い茶だな。香りがいい」
「・・・ありがとうございます」
「本当ですわね。産地はどちらになるのかしら」
「我がノッガー侯爵領の北部で取れたものです」
「まあ、希少でなかなか手に入らないという・・・」
さて。
今僕たちはサロンにいる。
テーブルに着いているのは、僕とアデルとアンドレとランデル令嬢。
アンドレからの手紙を受け取ってすぐ、二人をお茶に招待したのだ。
そして、今、僕の期待とは裏腹に、彼らは何かのアクションを取ることもなく、ただ優雅にお茶を楽しんでいる。
まあ、「お茶に招べ」って書いてあったんだから、これはこれで正解なのか。
それによく考えたら、別にアンドレは僕に話があるとは言ってなかったっけ。
僕が勝手にそう思って、期待していただけだ。
そんな僕の心中の呟きなど全く知らない目の前の二人は、ひたすらに我がノッガー領産の茶葉の話に興じていた。
よほど気に入ったらしい。
「一度、我が公爵家でも取り寄せてみよう。シャンクス産の茶葉が手に入らなかった時の代用品くらいには使ってやってもいい」
・・・代用品くらいにはってお前。
相変わらず、その口は絶好調だな。
思わず吹き出しそうになって、慌ててエヘンと咳払いで誤魔化した。
少しアンドレの言動に慣れてきたせいなのか、僕の頭は先ほどの発言を勝手に脳内変換したのだ。
それによると、さっきの発言はアンドレ語で言うところの、『気に入ったから常備して飲むことにしよう』って感じになるのではないだろうか。
ふふん、そうならそうと素直に言えばいいものを。
そう考えると、こいつとの会話も謎解きのようで何気に楽しいかもしれない。
そんな風に考え始め、アンドレの発言を頭の中であれこれと解読してひとり楽しんでいた時だ。
突然、アンドレが胸を押さえてテーブルに突っ伏したのだ。
「・・・デュフレス令息?」
声をかけた僕に、アンドレは顔を上げる。
「む、胸が・・・」
眉を顰めて、うんうん唸っている。
なんだ? 病気か?
何かの発作とかか?
アンドレの様子に、同じくアデルも心配になったのだろう。
心配そうに立ち上がり、声をかけた。
「今、医者を呼びますわ。少しお待ちになって」
そしてショーンを呼ぼうとしたアデルを、アンドレが慌てて止めた。
「い、いや、アデライン嬢。私なら大丈夫だ。えと、少し休ませてもらえばきっと、そうきっと大丈夫になる予定だから」
「え? そうなのですか?」
「あ、ああ。そのつもりだ」
・・・うん?
アンドレ、なんか言ってる事がおかしくない?
「あの、デュフレス令息。それはもしかして・・・」
「まあ、アンドレさま、それは大変ですわ。落ち着くまでどこかで休ませて頂かなくてはいけませんわね」
僕の言葉を遮るように、向かい側からランデル嬢が声をかけた。
アンドレは、ほっとしたように何度も頷く。
「あ、ああ、そうだな。すぐに良くなる予定だから、どこか別の場所で少し休ませてもらうといいかもしれない。そ、その、アデライン嬢、案内してもらっても良いだろうか」
ランデル令嬢の言葉に、アンドレは全力で乗っかった。
成程、そういう事か。
「別室でお休みになりたいのですね。分かりました。すぐに用意させます」
他人を疑うという事に不慣れなアデラインは素直にその言葉に頷くと侍女にショーンを呼びに行かせて部屋を用意させ、それからアンドレを伴って出て行った。
・・・アデライン、君は少し他人を疑う事を学んだ方がいい。
まあ、僕が一生そばにいて守るつもりだから、それはそれでいいけれど。
さて、その間の僕はというと、途中から笑うのを我慢するのに大変だった。
ランデル嬢はともかく、アンドレは演技が下手すぎだろ?
まあ、あの性格じゃ、人を騙すなんてどうにも無理なんだろうな。
大体、アデルの後についてここを出て行く時には、胸じゃなくてお腹を押さえてたし。
「ふふ」
僕の対面の席から忍び笑いが聞こえてきた。
どうやらランデル令嬢にも、アンドレの大根役者ぶりがウケていたようだ。
「なんですの、アンドレさまのあの下手すぎる演技は。我慢するのが大変なレベルでしたわ」
「・・・本当だね。というより、デュフレス令息に演技なんて最初から無理でしょ。やらせる方が間違ってるよ」
「ええ、本当に。こちらの作戦ミスですわ。と言いましても、わたくしが指示した事ではないのですけれど」
いつも表情を崩さないランデル令嬢には珍しく、楽しそうに笑っている。
「わたくしはただ、理由をつけてアデラインさまをどこかに連れ出してほしい、としか申しておりませんのよ」
「成程、彼なりに考えて頑張ったのだろうね」
漸く笑いが落ち着いた頃、ランデル嬢はこう切り出した。
「ではノッガー令息。取り敢えず、報告、連絡と参りましょうか」
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