初恋卒業

ガタガタと揺れる帰りの馬車の中、暫くの間黙って外の景色を見ていたアンドレが口を開いた。



「で、どうだった」



対面に座り、同じく外の景色を眺めていたエウセビアは、その声に顔を車内に向け、鷹揚に微笑んだ。



「ええ、とてもお可愛らしい方でしたわ。貴方が惚れ込んだのもよく分かります」


「そういう事を聞いてるんじゃない。分かってて言っているだろう」



眉を顰めてアンドレがそう言うと、エウセビアは、ふふ、と笑った。



「そうですわね。人見知りのようでしたけど、最後には楽しくお喋り出来る様になりましたわ。文通する約束もしましたの」


「何か原因のようなものは掴めたか?」



エウセビアは肩を竦める。



「わたくしは一介の侯爵令嬢にすぎませんのよ? 千里眼でも持っているのならば話は別ですけれど。距離を縮められただけでも褒めて頂きたいですわ」


「まあ・・・エウセビア嬢には感謝している」


珍しく素直に吐いた言葉に、エウセビアは軽く目を瞠る。


そして楽しそうに笑った。



「・・・何だ」


「いえ、別に。・・・ただ、本当に見事なまでに不器用でいらっしゃると、感心しただけですわ」


「告白してもいないのに振られた挙句、いらぬお節介を焼くような馬鹿な男がそんなに面白いか」



再び窓の外に顔を向け、アンドレはボソリと呟いた。



「ええ、面白いですわね」



アンドレは、大きな溜息を吐いたが、エウセビアの笑い声はなかなかおさまらない。



「・・・いくら何でも笑いすぎだろう」


「ふふ、ごめんなさい。でもね、これでも貴方のこと、見直しましたのよ?」


「・・・は?」


「随分と回りくどいやり方で恋心を拗らせてらっしゃいましたけど、今回ばかりは適切でしたわね」



エウセビアのその言葉に、アンドレは頬杖をついていた手をばっと降ろし、今も笑みを浮かべるその顔を見つめる。



「・・・では」



そう声をかけたアンドレに、エウセビアは頷いた。



「ええ。まだ原因も理由も分かりませんでしたが、何かがアデラインさまの心の奥で引っかかってらっしゃる事は確かです。あの方は何かに酷く怯え、それでセシリアンさまとも距離を置こうとされていますわ」


「そうか・・・やはり」


「ですが、よくお気づきになられましたね。流石、5年間もアデラインさまだけを見つめ続けた方だけの事はあります。感心しましたわ」



エウセビアは優しく、艶やかに微笑んだ。


それに虚を突かれたようにアンドレは目を瞠る。



「おめでとうございます、アンドレさま。これで漸く、初恋を卒業ですね」



アンドレは一瞬、その笑顔に見惚れ、それから慌てて窓の方に顔を向け、そして小さく頷いた。



「ああ、そうだな」という呟きと共に。

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