俺さま公爵令息の独り言


私の名はアンドレ・デュフレス。15歳。



公爵家の嫡男だ。



私は、ある侯爵令嬢を好いている。



その人の名はアデライン・ノッガー。



私と同い年で、美しく賢い少女だ。



私が彼女を初めて見たのは、ノッガー家での誕生パーティだった。



その時アデライン嬢は5歳。



淡いピンク色のドレスに身を包み、彼女の両親と手を繋いで嬉しそうにしていたのを覚えている。



その笑顔は無邪気で、どこまでも明るくて、まるで妖精のようで。



ああ、なんて可愛らしいのだと、その笑顔を眩しく思ったものだ。



だがその一年後、彼女の母親が亡くなった。


葬儀はその五日後。


まだ子どもだった私は葬儀には出席しておらず、父と母の二人だけが参列した。



それから半年ほど経った頃だろうか、ノッガー侯爵の余りの変調を心配した父が侯爵家を訪問することに決め、ちょうど侯爵令嬢と同い年だという事で私も連れて行かれた。



令嬢も元気がないから一緒に遊んであげなさいと父に言われたのだ。



だがノッガー家に到着し、私は目を瞠る。



応接室に現れたアデライン嬢は、能面のように表情が消えていた。



愛する母親が亡くなったのだ。悲しくて当然。だが。



これは、悲しいとか、苦しいとか、辛いとか、そういうのじゃない。



目の前で、ただ黙って座る女の子に、私はそんな風に思ったのだ。



・・・まるで人形だ。



何もない、空っぽの。



初めて会った時の、あの生き生きとした明るい笑顔の彼女からは到底想像できなくて、それがもの凄い違和感で。



しばらく一緒にいたけれど、私は何も言えなかったし、出来なかった。



結局、ただ黙っていただけの気まずい時間は、二時間後に父が迎えに来て終わった。



帰り道、私は腹が立って仕方がなかった。



あの何もかもが抜け落ちたような姿が、どうしても許せなかった。



思い出すたびに理由も分からず苛々が募るから、最後には意識的に彼女の事を考えないようにしていた。



そしたら、急に。



11歳になってノッガー家からの招待状が我が家に届いた。



6年ぶりの誕生パーティかと思ったけど、以前とは日付が一日ずれている。



出席して初めて、その理由を理解した。



アデライン嬢と、そして彼女から二日遅れで生まれた義弟との二人まとめてのパーティだったのだ。



そしてその義弟は、彼女の婚約者でもあると言う。



そして会場での彼女は。アデライン嬢は。



義弟の隣で笑っていた。



周囲を明るくするような、花のような笑顔は、あの日、あの時と同じもので。



妖精がそこにいた。



ああ、彼女は笑顔を取り戻したのだ。


そしてそれはきっと、隣にいるあの少年のお陰なのだ。



そう思って安堵する筈が、何故か無性に腹立たしくて。


何か大事なものが奪われたような、そんな気がして悔しくて。



気がつけばその少年の頭にイチゴ水をかけようとしていた。



・・・上手く避けられてしまったが。



その時、私は漸く分かったのだ。



表情が抜け落ちたアデライン嬢を見て、あんなにも腹が立った理由、苛々が募った理由を。



パーティでアデライン嬢の隣に立つ少年を、思わず睨みつけてしまった理由を。



我ながら、鈍すぎるにも程があると思う。


馬鹿がつく程不器用だとも。



私は、5歳の時に見たアデライン嬢の笑顔に、一瞬で恋に落ちていたのだ。


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