馬に蹴られて何とやら


--- 遅きに失するとは、当にこのことだな ---



純白のドレスを着て、同じく純白の夜会服を着た義弟とデビュタントのファーストダンスを踊るアデラインの姿を見ながら、アンドレはそう自嘲した。



6年近く経ってから、漸く気付いた初恋。



ただ苛立って、何もしないまま過ごして、気にかけず、関心も払わず、そうして我にかえれば初恋の少女の隣には婚約者が立っていた。



現状に怒って見ないふりを決め込んだ自分とは違い、アデラインに寄り添い、彼女に笑顔を取り戻させたその婚約者の名は。



セシリアン・ノッガー。



傍系の伯爵家からの養子だと言う。



成程、親戚だけあってエドカルト・ノッガー現侯爵とよく似ていた。



まとう空気は侯爵のそれとは全く違うが、瞳は同じ鳶色で、髪も同じく輝く黄金だ。



人目を引く容姿ながら、安心感を覚えさせる優しい物腰。



お前みたいな奴なら大丈夫なのだろう、きっとアデライン嬢を任せても。



そう思うのに。



「・・・心ここに在らずですわね、アンドレさま。どこを見てらっしゃるのかしら?」



この言葉に、我に返った。



私と同様、デビュタントを迎える令嬢が、目の前で冷ややかな眼差しを向けている。



「・・・いや、別に」


「あら、そうですか」



深追いされなかった事に安堵して、目の前のダンスに意識を向ける。



ダンスのパートナーであるエウセビア・ランデル侯爵令嬢は、そのまま何事もなかったかのような表情で踊り続けた。



上の空で踊っていてもなんとかなるくらいには、私もこの令嬢も一緒に踊ることに慣れている。



ランデル侯爵家は我がデュフレス公爵領の隣に位置していて、親同士の交流も盛んだったため、小さい頃からよく行き来していた。



今回のように、何かの折につけパートナーを頼むくらいには近しい間柄だった。



「・・・ファーストダンスが終わったらお誘いに行くのでしょう?」


「なに?」



エウセビアは笑みを浮かべた。



「アンドレさまは、もう少し手管というものを覚えた方がよろしいかと思いますわ」


「・・・何を言っている?」


「分からないのなら、そのままお聞き流しあそばせ。ただ、ね。市井にはこんな言葉があるそうですわよ。『人の恋事を邪魔する者は・・・』と。ご存知かしら?」


「いや」



即座に否定の言葉を入れるアンドレに、エウセビアは意地の悪い笑みを浮かべた。



「本当に意地っ張りでいらっしゃいますこと」


「・・・」



その時、曲が終わった。



フロアの中央から戻る純白の群れに混ざりながら、いつも視界に入れてしまう二人にまたも目を向ける。



エウセビアは呆れたような視線を一度投げかけたが、後は何も言わなかった。



滑稽だと思うだろう?



私もそう思う。



だが、あの時何もしなかった自分が許せないんだ。



何もしなかった事を後悔するのなら、せめて何かをしてから後悔したいと、そう思って。



馬に蹴られる前に、セシリアン・ノッガーに蹴られて終わりたい。終わらせたい、この恋を。



こっぴどく振られたい。



もういい加減、諦めたいんだ。



そんな思いを胸に、足が自然とあの二人のいる方角へと向かう。



「・・・本当に不器用なひとね」



アンドレの後ろ姿を見送りながらエウセビアが呟いた声は、喧騒に紛れて彼の耳には届かなかった。

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