こいつの存在を忘れていた


ろくろく覚えてない昔馴染みの事を心配するよりも、こっちの方が確実に邪魔だったな。



僕はこっそり溜息を吐いた。



五年越しのライバル。目の上のたんこぶ。うざったい程、僕を目の敵にする男。



アンドレ・デュフレス。



厄介なことに、僕たちよりも高位の公爵令息だ。



だから断れないんだよね、招待状が来ると。



・・・という訳で、僕とアデルは今、デュフレス公爵家でお茶を飲んでいる。



「アデライン嬢。こちらの菓子は貴女の為に特別に取り寄せたものだ。隣のアッガス領特産のマルベリーを使った焼き菓子だそうだ」



「アデライン嬢。この茶葉はな、北のシャンクス地方でのみ採れる珍しい種類で、滅多に手に入らないものだ。今日の為にわざわざ注文しておいた。さあ、遠慮せずに」



「アデライン嬢。これは・・・」



・・・うん。一応、招待状の宛名は僕だったんだけどね。



こうなる事が分かり切っていた僕は、人目につかないようにこっそりと溜息を吐いた。



アデラインも笑顔を浮かべながら対応してはいるけれど、困っているのは丸わかりだ。



君ひとりが浮かれて楽しんでいるって、さっさと気付いて欲しいよ、アンドレ。



礼儀正しい僕は心の中で毒づいた。



僕も招待された筈だよね?


いや、正確には僕が、か?



まあそれが体裁を整える為だって事は、勿論わかってるけどさ。



僕はお茶をそっと啜る。



うん、自慢するだけあって、確かにとても美味しい。



しかし、なんだろうな。目の前で繰り広げられるこの茶番は。



確か、僕は招待されてここに居る筈。


そして招待状の文面には「ぜひアデライン嬢もご一緒に」と書いてあった。


そう書いておけば、格下であるこちらが無視できないと計算している事も分かってる。



でも流石に、ねえ。


僕ひとりを放置するのはあからさますぎやしないかな、アンドレ。



腐っても公爵家だろうが。


ホストが招待客に喧嘩売ってどうする。


礼儀もろくに教わってないのか、と毒づきたくなるのは当然だろう。



君と喋りたくないのはこっちも同じ。


でも、アデラインがオロオロする姿は見たくないからね。



僕はカップをソーサーに戻し、にこりと笑った。



「デュフレス公爵令息が仰る通りです。この茶葉の味わいは素晴らしいですね」


「あ? ああ」


僕に話しかけられて驚いたのか、アンドレは一瞬目を見開いたが、直ぐに気を取り直して威厳たっぷりに「そうだろう」と頷いた。



僕は「ええ」と続ける。



「産地のシャンクス地方といえば、先日僕たちも家庭教師からその地方特有の栽培方法について学びました。寒冷差を利用して味や品質を上げる方法を、我がノッガー領でも出来ないものかとアデルと二人で話し合ったのですよ」



「ね、アデル?」と視線を送ると、その通りだと彼女も頷き、話を繋げてくれた。



「そうなんですの。我がノッガー領は幸いにして温暖な気候に恵まれておりますが、それが逆に農作物の種類を狭める結果になっています。それで、人工的に寒暖差を生み出す装置を使用してはどうか、とセスと話していたのです」



そうよね? とこちらに笑いかけるアデルに、僕も同じく笑みを返した。



「・・・そうですか。アデライン嬢はとても勉強熱心なのですね」



僕はどうした、僕は?


ここまで来ても透明人間扱いか?



アデルは別に意識して僕の話に乗った訳ではないのだが、アンドレはよほど面白くなかったと見える。



ほら、さっきまで緩んでいた口元が、あっという間に固く引き結ばれた。



相変わらず単純で分かりやすい男だな。



だけど、そっちから招待しておいて、僕一人だけあからさまに会話から弾くのは高位貴族としてどうかと思うぞ。



そんな器の小さい奴にアデラインを渡す筈がないだろう。



絶対、負けない。



「・・・お褒めにあずかり恐縮です。将来は僕とアデルとでノッガー領を更に発展させなければいけませんからね。二人の未来のためにも日々精進しているところです」



僕はにっこりと微笑んだ。



その笑みはアデルに言わせると天使の笑みらしいけど、アンドレが同じように思ってくれるとは思わない。



ああ、ほらね。


もの凄い目つきで睨んでくるし。



だが残念だったな、アンドレ。



そんな顔をしても、別に怖くも何ともない。



それにね。



他のなにを失っても、アデラインだけは譲れないんだよ。

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