リミット
デビュタントの夜会の後、僕はショーンを通して、侯爵に面会をお願いした。
義理とはいえ父である人に、執事を通して面会の予約を頼まないと会うことも出来ないというのは、今さらだけど不思議だ。
つまり、義父はアデラインだけでなく、僕とも会いたがっていないということ。
それでも、アデラインよりは顔を会わせる機会はあるけれど、それなら何でわざわざ養子なんか迎えたんだって聞きたくなる僕の反応は普通だと思う。
「・・・セシリアンさま? 手が動いていらっしゃらないようですが、問題は解けましたか?」
「あ、いえ。・・・すみません、少し気が散っていたようで」
「よろしいですよ。昨夜が初めての夜会だったのですから、疲れが残ってるのでしょう。ご無理はなさらず、今日は出来る範囲で構いませんので」
思わず溜息を吐いた。
授業中なのに、ぼんやりするなんて。
アデルが心配そうな顔をして僕を見ている。
大丈夫だよ、と微笑みかけて僕は目の前の教科書に集中した。
義父との面会の願いは、一週間ほどして叶えられた。
予想外だったのは、その場に呼ばれたのが僕だけではなかったこと。
そう、アデラインも一緒に呼ばれたのだ。
この屋敷にもう五年ほど住んでいるというのに、侯爵の書斎に入るのはこれでやっと二度目。
アデラインも多分似たり寄ったりだと思う。
だけどこれは困ったな。
先週の夜会での様子が気になった僕は、本当は侯爵の考えを探ろうと考えていた。
だけど、まさかの同時呼び出しとなっては、そんな事も出来やしない。
結局、面会を求めておきながら、こちらからは何も話すことがない状況になってしまった。
挨拶を交わし、適当な会話をする。
その間ずっと、侯爵はアデラインを見ようともしない。
何でだよ。
あんなに愛おしそうな目で、アデラインの姿を追っていたじゃないか。
だけど、その後の侯爵の話は、そんな僕の思考など軽く吹っ飛ばすようなもので。
「・・・結婚、ですか?」
「ああ。お前たち二人が18になって成人したら、結婚して正式にこの侯爵家を継いでもらう。・・・それまでにしっかりと決めておくように」
しっかりと決めておく?
「・・・何を、ですか?」
僕の問いに、侯爵は大きく息を吐く。
「・・・他にいい人を見つけたらとか何とか言っていただろう。婚姻の準備には約一年かかる。だから他の者と結婚したいのならば、あと二年以内に探すことだな。それ以降は、たとえ他の誰かを見染めたと言ってきても許可は与えられん」
ああ。
僕は納得する。
こういう話だから、今回はショーンを通さずに会えた訳だな、と。
勿論、僕はこのまま結婚で構わない。というかそうさせて貰いたい。
だけど、アデルは?
アデルはどう思ってるかな。
不安が込み上げて、でも他の男には渡したくないとそれを抑えこむ。
そんな時、侯爵がこんな言葉を続けてきたのだ。
「もし他の誰かと結婚したいと言うのならばそれも構わん。その場合、お前たち二人のうちどちらが後を継ごうとも、私は違を唱えることはしない。ただ、結婚をもって侯爵位を継承する事だけは決定事項だ」
「・・・は?」
誰でもいい?
ただ後を継げ?
何を考えてるんだ?
「その後、私は領地の別邸に移り住む予定でいる。以降は、お前たちと会うこともなくなるだろう」
「・・・」
つまり18で結婚したら侯爵は出て行くから、直ぐに後を継いで、いきなり当主としてやって行けって?
いやいやいや。
これまでだって、この人の考えてることが分からなくて、ずっと困っていたけど。
今の話は本当に訳が分からない。
・・・この人は、一体、何がしたいんだ?
「話は以上だ」
僕たちの困惑をよそに、話は呆気なく打ち切られてしまった。
僕も、アデルも、言葉なく静かに書斎を出て行くしかなかった。
あと二年。あと二年、か。
現婚約者だからって安心してはいけない。
アデルは結婚を夢見てはいない、出来れば独身でいたい子なんだ。
あと二年で、僕を選んでもらえるようにしなくてはいけない。
出来れば好きになってもらえるように、それがダメだったとしても、せめて結婚するなら僕でいいと思ってもらえるくらいに。
・・・もう。
もう「どうか他の人を見つけて幸せに」とは言われないくらいに。
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