その理由を知らない
お母さまが亡くなって、お父さまが余所余所しくなって、でも、だからといって子どもの私が直ぐに状況を理解できた訳ではない。
なにせ私はあの時、まだたったの六歳だった。
母を失った悲しみと喪失感に加え、それまで家庭をこよなく愛し大事にしていた父が、屋敷にいる時は書斎に閉じこもりきりになり会えない毎日。
父の様子に違和感を覚えつつも、それでも私が縋る相手は父しかいなかった。
あれは母が亡くなって一週間か十日ほど経った頃だろうか。
私は寂しくて寂しくて、どうしても我慢できなくて、父の元に行ったのだ。
最初は書斎に、でも既に夜も更けていたせいか誰もそこにはいなくて、次に父の私室に行った。
ノックと共に、扉を開けて中を覗き込む。
そこには、襟元を寛げてグラスを傾ける父がいた。
扉に背を向けていた父は、グラスに口をつけながらこちらを振り向き、私の姿を認めると一瞬、顔を綻ばせた。
ああ、いつものお父さまだ。
よかった。やっぱりあれは気のせいだった。
そう思ったのも束の間、父の顔は見る間に能面のように凍りついていく。
「お父・・・さま?」
戸惑った私が声をかけるも、父は私に背を向け、「出て行きなさい」と一言、告げるだけ。
勿論、まだ六歳の私は、そこですぐに聞き分けられる筈もなく、中にトコトコと入っていき、父の手をぎゅっと握った。
母を失って寂しかった。
父の腕の中で泣きたくて、慰めてほしくて、大丈夫だよと言ってほしくて。
「お父さま。わたし・・・」
そこまで言いかけた時。
父がぎょっと目を剥き、私の手を振り払った。もの凄い勢いで。
私は何が起きたのか分からず、よせば良いのにもう一度父に手を伸ばした。
「・・・っ!」
刹那、鈍い痛みが手に走る。
高く上げられた父の手と、赤くなった私の手。
そして苦しそうに歪んだ父の顔と、呆然とした顔の私と。
「お父、さ・・・」
「・・・っ、出て行けっ!」
それでももう一度、父に呼びかけようとしたのだ。
それは直ぐに遮られたけれど。
「出て行くんだ、今すぐにっ!」
私は、涙を浮かべながら自分の部屋へと走って行った。
あの時のことは、今でもはっきりと思い出せる。
何度も何度も、記憶が薄れかけるたびに、まるで私の頭の中に擦りつけるように浮かび上がってくるから。
それでも、なぜ父が私の手をもの凄い勢いで振り払ったのか、しかもそうしておきながら、どうして今にも泣きそうな顔をしていたのか、それは分からない。
なぜ、振り払われた私よりも、父の方が余程辛そうに見えたのかなんて。
だってあの時以来、父は完全に私と距離を置くようになったから。
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