現実
--- お前たち二人が18になって成人したら、結婚して正式にこの侯爵家を継いでもらう ---
--- 他にいい人を見つけたらとか何とか言っていたが、他の者と結婚したいのならば、あと二年以内に探すことだな。それ以降は、たとえ他の誰かを見染めたとしても許可は与えん ---
父の書斎に入ったのは、何年ぶりだろう。
久しぶりな割には、ほとんど様変わりもしていないみたい。
その場とは全くそぐわない、そんな事をぼんやりと考えていた。
それは多分、現実逃避。
父に現実を突きつけられたから。
ずっと、ずっとセスの傍にいたくて逃げ回って見ないようにしていたこと、それをはっきりと眼前に突き出されたから。
久しぶりに対面した父は、一度も私を見ようとはしなかった。
・・・私は、何を期待していたのかしら。
「話は以上だ」
そう言われ書斎から出た。
でも、廊下でセスと二人で歩いていても、いつもみたいに会話ははずまない。
何と声をかけていいのか分からなかった。きっと、セスも同じだったのだろう。
父の言葉を思い出す。
このままいくと、政略結婚でセスと私は結婚することになる。
私との婚約のせいで実の家族から引き離されたセスは、私との結婚のせいで自由に相手を選ぶことも出来なくなりそうだ。
セスに申し訳なくて、何て言ったらいいのか分からなくて、どう会話を切り出そうかとぐるぐる考え続けていたら、いつの間にか部屋の入り口にまで来ていた。
「・・・僕は嬉しいよ、アデラインとの結婚」
え?
ようやく、別れ際に聞けたセスの声。
でも、今セスは何て言ったの?
思い切って顔を上げると、いつもの優しい笑みを浮かべたセスがそこにいた。
「お休み、アデル」
戸惑う私の表情を見て、セスは困ったように眉尻を下げた。
寂しかった私に、温もりをくれた人。
いつも私の傍にいてくれる人。
ああ、セス。
貴方が本当に私の弟だったら良かったのに。
そうしたらきっと、何の心配もなくずっと貴方の傍に、当たり前のようにいられたのかもしれない。
大好きだと、何の引っかかりも、後ろめたさもなく、貴方に言えたのかもしれないのに。
「・・・お休みなさい、セス」
だけど。
ごめんね、そう貴方に言うのは違う気がして、だから一言そう言って部屋に入ろうとした。
そうしたら。
・・・え?
扉にかけた手を取られて、驚いて振り向いて、そして。
・・・ちゅ。
ふわりと頬に柔らかく温かいものが当たって。
見開いた両目には、セスの綺麗な顔がとても、本当にとても近くに映っていた。
セスの瞼がゆっくりと開く。
間近で目と目が合う。
セスの眼が柔らかく細められる。
い、今の・・・は。
「・・・良い夢を、アデライン」
「・・・」
セスはくるりと背を向けて、すたすたと早足で自分の部屋へと歩いて行く。
私は、その後ろ姿を呆然と眺めていた。
きっと、その時の私の顔は、熟した林檎よりも真っ赤だったことだろう。
「好きな方が出来たら、貴方の隣を譲ってあげなきゃいけないのに・・・」
ぽつりと、そんな言葉が溢れた。
心の中がざわざわする。
整理した筈の気持ちがまた動きそうになって、必死でそれを押しとどめる。
セス。私に温もりをくれた人。
いつも笑顔で私を包んでくれる人。
大好きな貴方には、幸せになってほしいの。
なのに。
「・・・このままじゃ私、貴方が好きになる人に意地悪をしてしまうわ・・・」
優しい貴方の愛情表現を誤解してはいけない。
一生、私のお守りをさせる訳にはいかない。
そう自分に言い聞かせる。
・・・大丈夫。父はどちらが後を継いでも構わないと言ってたわ。
絶対に邪魔はしない。してはいけない。
分かってる。分かってるから。
貴方の幸せを邪魔しないから、だからお願い。
義姉としてでいいから、貴方の傍にいさせて。
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