恋の行方は異世界へ
蒼井美紗
恋の行方は異世界へ
「見つけた! 本当に良かった……これをなくしたら魔法が使えなくなるところだったわ」
目の前にいる金髪の美少女は、ほっと安堵したように頬を緩めて、虹色に輝く丸い宝石を拾い上げた。この宝石は、先ほど俺の部屋に突然現れたものだ。
学校が休みの休日である今日。俺は特に予定もなく、自室のベッドでゴロゴロとスマホをいじっていた。そんな平和な日常に、カランコロンっと綺麗な音を鳴らして部屋に宝石が現れたのだ。
どこからこの宝石が落ちてきたのか、もしかして屋根に穴でも空いているのか。そう思ってベッドから起きあがろうとしたところで、これまた突然に金髪の美少女がどこからともなく現れた。
そして冒頭の展開に戻る。いや、マジで意味がわからない。俺は夢を見てるのか……?
そう考えて頬をギュッと抓ってみたけど、めちゃくちゃ痛かった。この痛みは絶対に夢じゃない。ということは……どういうこと?
「あら、人がいたのね。もしかしてあなたの家だったの? すぐに帰るわ。突然転移したりしてごめんなさい」
混乱から何も言葉を発さずに美少女を凝視していると、向こうが俺に気づいたようだ。可愛い顔に申し訳なさそうな表情を浮かべてそう言った。
『転移』
転移……それって、アニメとかでよくある瞬間移動ができるやつだよな? もしかしてこの子、魔法少女的なやつだったりする?
そう思い至った俺は、非日常な体験に少し興奮しながら美少女の動向を見守った。どんな感じで転移するんだろう。魔法陣とかが浮かび上がるのかな。それとも光り輝いて、気づいたらいなくなってるとか?
そんな予想をしながら期待して待っていたけど、美少女の周りでは何も起きない。どうしたんだろう、転移ってそんなに時間がかかるのかな。俺がそう不思議に思ってきたところで、美少女の顔には焦りが浮かび始めた。そして慌てた様子でまた違う魔法? を口にする。
『サーチ』
おおっ、次はサーチなのか。これって魔物の場所を正確に知ることができたりするやつだよな。
そう俺が興奮していると、今度こそ美少女の足元には魔法陣が浮かび上がってきた。マジだ、マジの魔法だ!
「な、なんで……なんでファクリネがこんな遠くにあるのよ! 王宮の転移ゲートが微かにしか感じられないわ。これだと今の私の魔力量じゃ、転移が発動しないのも当たり前じゃない。魔力が最大まで回復して、辛うじて転移できるかどうか……ここはどこなの?」
魔法に大興奮の俺とは対照的に、美少女の顔色はどんどん悪くなっていくみたいだ。何か問題があるのだろうか。
「そこの君、ここはどこなの? ファクリニス王国じゃないわよね?」
「ここは日本だけど……」
全く状況は飲み込めないけどとりあえずそれだけを返すと、美少女は「ニホン……」と呟いてから首を横に振った。
「 聞いたことがないわ。隣にはどんな国があるのか知っているかしら?」
「隣は……陸続きはないよ。ここは島国だから」
俺がそう返すと、美少女は難しい表情で考え込んでしまった。
全く事情は分からないけど、とりあえず何かしらのトラブルで国に帰れなくなったってことなのだろうか。
そして改めて考えてみると衝撃だけど、この子って……この世界じゃないところから来た、とか?
よくアニメである魔法があるような異世界とか……。だって、地球には魔法なんてものはないはずだ。突然この部屋に現れることも、魔法陣を浮かび上がらせることも地球人にはできないだろう。
ファクリニス王国とか言ってたけど、そんな名前の国も初めて聞いたし。俺は世界史の授業が好きで、特に世界地図を眺めるのが好きで世界にある国の名前はかなり分かるのだ。少なくともその中にファクリニス王国なんて国はなかった。
「日本なんて国は聞いたことがないわ。それに世界中のどこにいても、ファクリネまでこんなに遠い場所はないはず……もしかして、違う世界なの?」
あっ、やっぱりそういう結論になる? 違う世界に来ちゃって帰れないとか、かなりヤバい状況じゃないだろうか。俺だったら途方に暮れて泣く自信がある。
「あの、大丈夫?」
顔色の悪い美少女が心配で思わず声をかけると、美少女は困惑の表情で俺を見た。
「……とりあえず、魔力が全回復すれば帰れると思うわ。でもこの世界に来てから、魔力がほとんど回復してないのよね。もしかして、この世界って魔素がないの?」
「うーん、とりあえず俺は魔素っていうものは知らないかな。だからこの世界にはない可能性が高いと思うけど……」
俺のその言葉を聞いて、美少女は絶望的な表情を浮かべて空虚を見つめた。しかしすぐに立ち直ったのか、意思の強そうな瞳で俺の顔を覗き込んでくる。
「お願いがあるのだけれど、魔力が自然回復して私がファクリネに帰るまで……この家に置いてくれないかしら。」
「自然回復って……具体的にはどの程度か分かる?」
俺の部屋に現れたのも何かの縁だし助けたいとは思うけど、高校生の俺に人を一人を養うのは大変なので期限を聞いてみると、美少女は半年と答えた。
半年の認識を擦り合わせたところ、地球での半年とほとんど変わらないようだったので、俺は美少女のお願いを聞くことにした。
俺は実家住まいだけど両親が共に海外を飛び回る仕事をしていて、部屋はいくらでもあるのだ。さらに生活費は余分にもらっているので、一人増えても半年ぐらいならどうにでもなる。
「ありがとう! 本当に助かるわ。転移先があなたのところで良かった……。自己紹介が遅れたけれど、私はファクリニス王国の第一王女、エリザベート・ファクリニスよ。あなたの名前は?」
え、第一王女!? マジか、確かに豪華なドレスだなとは思ってたけど、王女様だったなんて。
ということは、その国では第一王女が突然行方不明ってこと? それは大騒ぎになってそうだ。
「俺は谷口裕樹。これからよろしく。あっ、王女様なら敬語の方が良いかな……?」
「いえ、こちらの世界では身分なんて関係ないから良いわよ。エリーと呼んで欲しいわ」
「分かった。じゃあ俺のことはユウキって呼んでくれ」
そう言って俺が右手を差し出すと、エリーはやっと安心できたのか、俺の手を握って頬を緩め、可愛らしい笑みを浮かべてくれた。
うわぁ……めちゃくちゃ可愛い。エリーの世界ではこんなに可愛い子ばかりなのだろうか。これは外に出たら目立つこと間違いなしだな。
なんてことはない日常に突然飛び込んできた非日常に、まだ現実感は持てない。それでもこれからの毎日がとても楽しいものになる予感がして、俺の頬は自然と緩んだ。
よく分からない事態だけど、楽しんだほうが得だよな。元来の楽観的な性格にこれほど感謝したことはないかもしれない。
「エリーは約半年間ここにいて何をしたい? ずっとこの家から出ないでいてくれるのが楽なのは確かだけど、どうせならこっちの世界を観光とかしたいよな?」
「したいわ! 異世界の文化や食事が気になるもの!」
「じゃあ俺が休みの日に遊びに行こうか」
遊園地とか水族館とか行けば良いのかな……後はショッピングとかも楽しめるかな。言葉はなぜか通じてるし映画もいけそうだ。
「ユウキは普段、何をしているの?」
「俺は学校だよ。この世界では十八歳まではほとんどの人が学校に通うんだ。さらに半分ぐらいの人は二十二歳まで通うかな。俺は十七歳だから、高校に通ってるよ」
俺は普通の公立学校に通う高校二年生だ。今は夏休み前の暑くなり始めた季節。エリーは年明けぐらいまでこの世界にいることになるだろう。
「そんなに学校へ通うのね。凄いわ。私も通ってみたいけど……さすがに無理かしら?」
「うーん、それは難しいかな。住民票とかないと編入もできないんじゃないかな?」
「そうなのね。それなら諦めるわ。ではユウキが学校に行っている時はこの家で大人しくしているから、休みの日は楽しみにしてるわね」
「うん。いろんな場所に連れて行くよ」
夏休みになったら時間はたくさんあるから、色んなところに連れて行けるだろう。早く夏休みにならないかな……めちゃくちゃ楽しみだ。
「あの、先程から気になっていたのだけれど、ユウキのお父様とお母様はいらっしゃらないの?」
「いや、いるよ。でもあの二人はほとんどこの家にはいないんだ。仕事で世界中を飛び回ってて、何年も帰ってこないから。確か半年前くらいに帰って来たから、あと二、三年は帰ってこないかな。だからエリーが会うことはないと思うよ」
俺がそう答えると、エリーは途端に悲しげな表情を浮かべた。
「ユウキは、寂しくないの?」
寂しいか……どうなんだろう。小さな頃は確かに寂しいと思ってたけど、今はこの生活に慣れてしまったから何とも思わない。
周りの人には親に愛されてないって思われてるのかもしれないけど、あの二人が俺を愛してくれているのは伝わってくるし、電波が繋がるところでは電話もよくするし、よく分からないお土産も頻繁に届く。俺はこの生活に、あの両親の元に生まれたことに不満はない。
……でもまあ、全く寂しくないというのは嘘になるかな。
そんな気持ちを伝えると、エリーは気遣わしげな表情を明るい笑顔に変化させた。
「では半年間は、ユウキが寂しさを感じないように私が一緒にいるわね」
そしてそんな言葉をかけてくれる。俺はその言葉が思いの外嬉しくて、思わず涙が浮かんできそうになって慌てて瞬きをした。
「ありがと。でもエリーは一緒にいてくれるっていうより、俺が養ってあげるんだけどな」
「もうっ、本当のことを言わなくても良いじゃない!」
「ははっ……ごめんごめん」
そうして俺達は二人で笑い合った。久しぶりに自宅が賑やかで、心が温かくなるのを感じた。
エリーがうちに来てから、一ヶ月が経った。
最初はどんなに大変かと思ったけど、エリーは俺の言うことをちゃんと聞いてくれるし、特にトラブルは起きていない。
ただ最初は色々なものに興味を持っていて、説明するのは少し大変だった。特に電化製品には驚いて色々質問されたけど、俺はそんなに詳しく知らないので、魔法の代わりのようなものと言うしかなかった。もっと真剣に勉強しておけば良かったと、そう思ったのは初めてのことだ。
「ユウキ! 早く行くわよ!」
今俺達がいるのは、俺の自宅の最寄駅だ。やっと高校が夏休みに入って、今日は一緒に水族館に行く予定なのだ。
「そんなに急がなくても、水族館はなくならないから大丈夫だよ」
「そうだけれど、少しでも長く見ていたいじゃない!」
「分かった分かった」
俺はエリーのはしゃぎように苦笑しつつ、足早に追いかけた。エリーは日本では珍しい金髪のロングヘアに金色の瞳で、顔がとても整っているのでかなり目立っている。
服装は近くのショッピングモールで買った白いシンプルなワンピースなのに、エリーが着るとどこのブランドものだって言うほどに良いものに見える。
それから俺達は目立ちながらも、それが気にならないほどに楽しく水族館に向かった。そして水族館についてからは、エリーは逆に静かになった。綺麗で幻想的な光景に感動しているのだそうだ。
俺は水族館に行ったのに、瞳を輝かせて水槽の中を見つめるエリーの横顔をずっと眺めていた気がする。
――本当に綺麗で、何故か切なくなる笑顔だった。
その理由は分かっている。俺はエリーとの別れが嫌なのだ。まだ一ヶ月しか経ってないけど、本当にあっという間だった。半年なんてすぐに過ぎるだろう。
半年経ってエリーが帰るのは、聞いたこともない異世界の国。別れたらもう二度と会えないはずだ。
それが酷く悲しいことだと思うほどには、俺はエリーのことを好きになっていた。
「ユウキ、次はイルカショーに行きましょう!」
「もちろん良いよ」
それからは一緒にイルカショーに感動して、お土産コーナーでお揃いのイルカのぬいぐるみを買って帰路に就いた。
凄く楽しかった。こんなに楽しいのは久しぶりだ。
俺はイルカのぬいぐるみを大事に、自分の部屋の机の上に飾った。
それから俺とエリーは、海に行ったり夏祭りに行って一緒に花火を見たり、そうして楽しく夏を過ごした。
そして今日は夏休み明け、初日の登校日だ。こんなに夏休みの終わりが憂鬱だったことはない。
憂鬱な気分のまま学校に着くと、すぐに仲の良いクラスメイトが俺の側に集まって来た。絶対にこうなると思ったんだよな。実は夏祭りでエリーと一緒にいるところを友達に見られたのだ。
あの時は何とか誤魔化したけど、学校が始まったら追及されるだろうことは目に見えていた。
「裕樹! あの金髪美少女は誰なんだよ!」
「彼女か、彼女なのか!? どこであんな可愛い子と知り合ったんだよ!」
「抜け駆けなんて許さん……! 俺にも紹介しろー!」
彼女な……本当にそうだったら良かったのに。エリーが俺の彼女で、そうでなくてもずっと一緒にいられたら良かったのに。
――エリーは、あと数ヶ月後には遠い場所に帰ってしまうのだ。
「エリーは彼女じゃないんだって。事情があって半年だけこっちにいるだけなんだ。だからあと数ヶ月でいなくなるよ……」
「何だ、そうなのか?」
「ああ、だから俺もお前たちと同じく寂しい独り身だよ」
俺はそう言って、近くにいたやつの肩に腕を回して頭をぐりぐりした。
「ちょっ、裕樹、痛いじゃねぇか!」
「俺に彼女がいない事実を再認識させた罰だ」
「なっ、そんなの酷ぇぞ! お前は彼女じゃなくても美少女と夏祭りに行けたんだからいいじゃねぇか!」
「そうだそうだ、俺らなんてむさ苦しい男だけで行ったんだからな!」
「それは……、ドンマイ」
そうして友達とふざけていても、学校で授業を受けていても、寂しい気持ちが完全に消えることはなかった。
そうして過ごすこと数ヶ月。俺はエリーとたくさんの場所に行った。一度くらいは旅行に行こうということで、学校を何日か休んで京都にも行った。
エリーはどこに行っても凄く楽しそうで、俺も楽しくて、幸せな思い出がたくさん増えた。
でもそろそろエリーは帰る頃だ。最初に言われた半年は、すぐそこまで迫っている。
この数ヶ月はできる限り別れを考えないようにしていたけど、もうそれも無理だ。俺は毎朝、今日もまだ一緒にいられるんだと安堵して、しかし明日には帰ってしまうかもしれないと泣きそうになるのを繰り返していた。
そうして過ごすことさらに一週間。ちょうど高校が休みの土曜日、エリーに話があると言われた。ついに……この日が来たのか。
「ユウキ、やっと魔力が溜まったみたいなの。だから私は帰るわ。この半年間本当にありがとう。……あなたのことは忘れない。絶対よ」
「もう、直ぐに帰るの?」
「ええ、できる限り早く帰った方が良いと思うの。ここにいると名残惜しくなっちゃうし、向こうのことも心配だから」
「――――」
俺は言葉が出てこなかった。一言でも話したら涙が溢れそうだったのだ。
しばらく俺たちの間に沈黙が流れる。
「ユウキ、イルカのぬいぐるみを、あちらの世界に持っていっても良いかしら」
……イルカのぬいぐるみ。俺たちが初めてお揃いで買ったものだ。
本当にこのまま別れても良いのか? 後悔はしない? 俺はひたすら自問自答した。
そして涙で滲む世界の中で、エリーの寂しそうな表情を見つめて……答えは一つだと分かった。
俺は深呼吸をして覚悟を決めて、エリーの瞳を見つめた。
「エリー、俺は……君が好きだ。だから、俺も一緒に連れていって欲しい」
その言葉を聞いたエリーは、嬉しそうに表情を明るくして、しかしすぐに複雑そうな表情に変わる。
「ユウキ、凄く嬉しいわ。本当に、本当にありがとう。私もユウキのことは大好きよ。でもユウキには、こっちに家族も友達もいるでしょう?」
「うん。だから凄く悩んだ。だけど……俺にとって一番大切なのはエリーだから。だから連れて行って欲しい。もし迷惑じゃなければだけど……」
エリーは俺のその言葉を聞くと、綺麗な瞳から涙を溢れさせた。その様子はとても美しくて、俺も何故か泣きそうになってしまう。
「っ……本当に、本当に嬉しいわ。迷惑だなんてそんなこと、あるわけない! もしユウキさえ良ければ、私と一緒に来てください」
「もちろん。エリー、ありがとう」
俺はエリーの返事を聞いて、両親に向けて書いた手紙を机の上に載せた。さらに今までの感謝と、エリーについて全てを話した動画をメールで送る。これは事前に準備しておいたものだ。
こんなものを準備しておいたんだから、俺の心は最初から決まってたのかもしれないな。
「ユウキ、この部屋に印を付けておくわ。期待はしないで欲しいのだけれど、もしかしたら転移でこちらに戻ってくることもできるかもしれないから……」
「ありがとう。じゃあもしこっちに転移できるようになったら、その時は俺の両親とも会ってくれる?」
「それはもちろんよ! 向こうに帰ったら、魔法の研究をしなければならないわね」
「ははっ、ほどほどにね」
俺達の瞳にもう涙はなく、俺とエリーはギュッと強く手を繋ぎあった。
「じゃあ、転移するわよ」
「うん。よろしく」
笑顔で見つめ合い頷き合ってから、エリーが呪文を口にした。
『転移』
ふらっと眩暈がして思わず目を瞑り……目を開けた先は、映画やアニメの中に入り込んだような、幻想的なファンタジーの世界だった。
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