第7話 特典とファーストミッション

「まず始めに、この可能性を確実なものにする為には、わたくし共ととある契約のようなものをしてもらう必要があります」

「とある契約……?」

「まあ、単なる会員登録になるのですが、その会員になると様々な特典が手に入ります」

「特典……例えば?」


 俺が訊ねると、店員は近くにあるレジの方へと歩き始め、ちょいちょいと手招きした。招かれるままに付いて行くと、店員はレジの手前で足を止め、その右側に立つ柱を指差した。なので俺も柱の前で足を止め、その指差す先を目で辿る。


「これは……チラシ?」


 まさしくそれと思しき紙が貼られているだけだった。が、その内容に目を通すと我が目を疑う。


「『今会員になると特典が得られます!どんな願い事も叶えられる――その権利が手に入りますよ!』だと……?」


 ――ははっ、んな事あるわけねぇー。


「んな事あるわけねぇ……そう思いましたね?」

「いや、誰だってそう思うだろ。それにどんな願い事もって、じゃあ例えば億万長者になりたいって言ったら叶えてくれるのか?不老不死になりたいって言ったら?」


 馬鹿馬鹿しいと言わんばかりにまくし立てる。そんな俺の剣幕に店員が怖気づく事は無かった。眉一つ、それどころか微動だにすらせず、ただ真剣な眼差しをこちらに向け、俺が喋り終わるのを待つ。

 そして俺が口を閉じると、これまた真剣な様子でこう答える。



「ええ、可能ですよ」

「ははっ、嘘だね。それに俺の願いはあの女を生き返らせる事。それを叶える事なんて――」

「勿論可能です」


 俺が言い切る前に店員は再びそう答える。相変わらずの様子で、これは本当の事だと言うかのように。


 ――何だこのやけに確信めいた言い方は……あり得ない。けど嘘を言っている素振りは全く窺えない……もしかして本当の本当に叶う……のか?


「ですがあくまで叶える権利が手に入るというだけです。実際にその願いを叶えるには、それ相応の事をしていただく必要があります」

「……というと?」

「簡単に言うと、我々に貢献してくださいという事です」

「貢献……つまりアルヴのプラスになる事をしろと、そういう事か?だが具体的にはどうすれば良いんだ?言っておくが俺はまだ高校生だからガッツリ働くのは難しいぞ」

「あっ、そういうのは別に期待しておりませんのでご安心ください」


 ――うわっ、めっちゃ営業的なスマイル。この様子だと本当にそっちでは期待してないみたいだな……何か俺の労働力を否定されているみたいで傷付くわ……


「……そ、そうか。じゃあ何をすれば良いんだ?」

「そうですねぇ、具体的に言うと、定期的なエネミーの殲滅と言った所でしょうか」

「エネミーの殲滅……?なんじゃそりゃ、訳が分からないのだが?」

「では実際にやってみましょう!」


 そう言うと、移動を開始する店員。

 相変わらず理解はしていないが、もし本当に部長が生き返るのなら、と思いその後を付いて行く事にした。






 そして到着したのは建物の最上階。

 そこは他の階とは大きく違っていて、商品らしきものは一切置かれていない。代わりとしてあるものは、人が一人だけ入れるサイズのカプセル装置で、それが階を埋め尽くす程ズラァーと並んでいるだけだった。


「この変な装置は?」

「ただの転送装置です」

「転送装置……」


 ――アルヴはそんなものまで開発してたのか。てか転送装置って、つまり瞬間移動を可能にする装置って事だよな?そんな事本当に出来るのか……?


「ええ、出来ますよ。何てったってうちは人類の飛行ですら可能にする技術を持っておりますから!」

「心を読むな。てかマジかよ……俄かには信じられないのだが……」


 反重力エネルギーとやらを実現させる為にフライングスーツを開発させたのですら未だに信じられないってのに、ここで更に瞬間移動が出来るよ、と来た。これはいよいよ以て胡散臭い。

 しかし人類の飛行を可能にさせているのはこの身をもって経験している事。という事は瞬間移動の存在も認める他あるまい。

 けれどこうも都合よく人類の夢をいくつも叶えきれるものだろうか。重大な何かを代償にしているとしか思えない。例えば大量の人間の命とか。いや、さすがに考えすぎか。


「でも生き返らせたいんですよね?花京院さんを」

「うっ、そう言われると弱い……」

「まあ、百聞は一見に如かず。そして論より証拠ですよ。とにかく中へ入ってください」

「あー、はいはい」


 言われるままカプセルの中へ。

 するとすぐに蓋が閉められた。


「ちょっ!?何故閉めるし!?」

「そう警戒しないでください。これは安全の為に必要なプロセスってだけですので」

「いや、その説明じゃ分からんから!」

「あー、まあ、蓋を開けたまま転送を開始してしまったら、周囲のモノまで巻き込んで転送になる事がありますので、それを防ぐ為と言えば分かりやすいでしょうか?」


 まるでそんな事も分からねえのかよ、と言わんばかりのダルそうな表情でそう説明する女性店員。ここで文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、言い合いになるのは面倒なので両手に硬い拳を作って堪える事にする。


「それでは早速転送開始させていただきますね!」


 そう言うと女性店員は、装置の右側に設置されているキーボードを物凄く早い手つきで操作する。そして最後に「ぽちっとな!」と言うと、装置内が黄緑色に輝き始め、装置自体がキュイイイイイイイ!!と超音波みたいな音を発する。


「ちょっ、何か音が怖いんですけど!?これ、本当に大丈夫なん!?」

「ご安心ください。ただの駆動音です。それよりこれから転送される先についての説明を今のうちに行います。そこは我々のいる世界とはある意味では別世界、けれど限りなく現実世界に酷似した場所となっています。また、元の世界へ帰るにはその世界で死亡するかエネミーを全滅させる他ありません……」

「はあ!?ちょっと待て!それってつまり難易度次第で過酷なものになるじゃないか!」

「ええ、ですがある程度の殲滅が済んだ場所となっておりますので、比較的容易に帰って来れると私は確信しております」


 こちらを安心させようとしているのか、穏やかな口調で告げて微笑する女性店員。


「とは言え、侮ったら死ぬかもしれないので重々覚悟しておいてくださいね?」


 ――侮ったら死ぬかもって……それ、最悪じゃね?てか一体どういう場所なんだそこは……


 そして女性店員は最後に気になる一言を口にする。


「どうか、花京院さんの二の舞にならないようお祈りしております」

「えっ、それってどういう――」


 直後、転送が開始されたのか、気付けば周りの景色が都会になっていて、俺はスクランブル交差点の中心で突っ立っていた。

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